触ることからはじめよう
by skyalley
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「たたかいだぁ〜!」  :  孫息子を非戦主義者に



保育園に入ってから3歳半の孫息子・颯太は
さまざまなことを身に付けて帰宅するようになった
いままでで その最大の収穫が「ウルトラマン」

     ウルトラマン・メビ〜〜〜ス!(両脚を前後に出し)
     チャ〜〜!(と両腕で光線を出す仕草をして)
     たたかいだぁ〜〜〜! 

と かかってくるようになった


彼の母 ももがそうであったように
スタジオ・ジブリの作品や さらには宮崎駿が薦める
外国作品のDVDを観て育った颯太にとって
終日ウルトラマン何とかになりきっている同じクラスの
男の子の存在に颯太は大いに魅せられた


本を見ながらたくさんのウルトラマンの仲間の名前を訊かれ
それに応えているうちに
こちらも自然と憶えるようになる
ウルトラマンセブン ウルトラマンワパード ウルトラマンゼアス
ミラクロン・コッテンポッペ・バラバ・グドンら怪獣もいっぱい


でも 私はそれでよし と思っている
彼とは彼が生まれたときから盆栽の水やりをいっしょにしてきた
今ではどの木にどれだけの水やりをすればいいか
どの草が土が息をすることの邪魔になるか
どんな葉っぱが病気の色なのか などを彼は知っている


日々の陽射しや風や雨などに気を配るようになり
そのことで自然界と自分とはとても近しい存在であるということ
木も蝶々も団子虫も同じくその自然とは不可分の存在であるということを
つまり 木を育てることを通して
あらゆるものが親しくつながっている ということがわかっている


だから安心して
「たたかいだ〜!」の遊びをいっしょにしていられる


「風の谷のナウシカ」の一場面に
一方的に機関銃で攻撃してくる者に対して
「止めて  私の話を聴いて!!!!」と
武器も持たず 大きく両手を広げて挑んでいくナウシカの姿があった
「戦いはいけないね 言葉でお話ししなくちゃね」と颯太に言うと
「おけがしちゃうからね かなしいね」と応えた


日常で「たたかいだ〜」を遊んでいても
どこかでそれを抑止することを
自然との直接の関わりを通して身を以て知っている子どもに
まず孫息子になってほしい と願い 家族と共に育んできた
「来い! ウルトラマン!」 である


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妹のパン屋 A TABLEの厨房で 
初めて生地をこねたウルトラマン・ソ〜タ
by skyalley | 2009-10-30 10:30 | 孫息子・颯太言葉ノォト
「やっと同じ土俵に」  :   社会的な目覚め


小学校の同級生の春樹に会った
私が初めて好きになったひとだ
幼稚園の頃から
母との葛藤で日々苦しんでいた私にとって
春樹といることはとても安らげる時間だった


と言って 私の悩みを解こうと
言葉を尽くして慰めてくれたわけではない
饒舌どころか 口数はとても少ない
私より10㎝以上も高いところから
黙って見ている そんなふうだった


父親の故郷 函館の方言を彼は受け継いでいた
私が東京弁でシャカシャカと
「これはどうなってるの?」と問うても
彼の応えはいつも漂うが如く
「あ〜 それはね〜  ・・・・・ッショ〜」


中学性になると二人でよくいっしょにでかけた

ある時からなぜか噛み合わなくなった
最初から噛み合わなさがよかったところもあったが
何か決定的に 寄り添うことができなくなった


彼の兄が学生闘争に関わるようになり
持ち前の静かに激しい人間性を備えた春樹に
そのことが大きく影響し出したのだ
彼は彼なりに一所懸命に私に話した
「あの〜〜ね  社会はね〜  ・・・ッショ〜〜」


マルクスも主義も社会も 私にはどうでもよかった
よくわかっていた訳ではもちろんないけれど
だいたい聞いていても面白くもなく
私に訴えてくることは何もなかった
別々の高校に行くようになって自然と距離ができた


小学生の時 父を失った彼は
小学生の時に宣言していたとおり
父の育った函館で暮らすようになった
メールで久しぶりに言葉を交わすことになっても
中学生の頃にあった距離をそのまま感じた


ある日 徳談会のことを知らせてみた
珍しくすぐに春樹から饒舌な返事があった


   :::::::::::::::::::::::::::


久々にブログを見させてもらいました。
「徳談会」の開催には、驚きました。
由紀子さん流の視点、やり方で
「戦争」という問題に取り組んでいることに、敬意を表します。

今回の選挙は、組合が連合加盟なので、
僕は民主党の応援をしています。
北海道は民主王国といわれ、
12区全部民主党が取るような報道がされています。
全部でなくても、中川、武部には落選してもらいたいと思っています。

北海道の経済状況は、ほんとにひどい状況です。
高卒者の就職は半分が決まらず、仕事があっても
1年雇用のパートやアルバイトがほとんどだといいます。
僕の回りの中小企業は、組合があっても
賃上げなしや千円以下というところが最近多く なってきています。
定期昇給などありませんから、
ゼロといったらゼロなんです。
若い人の賃金が伸び悩んでいると問題にしていますが、
状況はどんどんひどくなっています。
子供は成長し、どんどんお金が掛かるようになっていくのに。
小泉さんは、競争原理を持ち込み、
弱者を切り捨てる政策だったと思います。
労働の規制緩和で派遣労働者を生み出し、
その結果が今出ている状況です。

ただ、選挙について言えば、
前回小泉劇場に拍手を送った多くの人が、
今回民主党に投票しようとしています。
それが僕には理解できません。
自民党と民主党とでは偉い違いだと思うのですが、
風が吹けばそちらになびくと言うことなのでしょうか?
だとしたら、怖い話しです。

僕は、文章の表現力に欠ける、と良く兄貴に言われます。
あまり書くとぼろが出るので、 この辺にします。
今度、この手の話しをゆっくりしたいと思います。


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人生で最初に信頼をおいたひとに
半世紀経ってようやく認められた
by skyalley | 2009-10-29 10:26 | 徳談会日記
「見られるかな」    :    富士山の霊験



朝8時51分メールが入った
 
件名は 「見られるかな〜」

      千歳船橋駅のホームから真っ白な富士山が見えました

      まるまる見えます

      感動してメールをしました

      では よい一日を



送り主はゴン・ミギョンさん
留学生会館での日本語教室へ行くため
でかける準備をしているところだった


メールから駅のホームでたくさんの通勤客が
しばし富士山に見とれている姿を思い描いた
写真を撮りたいが躊躇しているみぎょんさんの姿も


でかける直前になって自転車の鍵がないことに気付く
ばたばたとあちこちを探してみたが見つからず
孫息子のための椅子が付いた重い自転車で出発


セネガルのウミ・ファイイさんを待たせてしまう・・・
必死で自転車を漕いでいると
小田急線の高架線のその先に偉容の  「富士山!」


でかける一時間前にみぎょんさん知らせて下さったが
慌てていたので 富士山がみえるかもしれない
などと全く期待をしていなかったところへ現れた


みぎょんさんの感動を思った
異国の地で十数年も縁あって暮らしてきた女性のことを
そして共に学ぶようになった縁を思った

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今現在の富士山が見られるサイト「富士山ネット」
http://www.fujisan-net.jp/index.phpより
by skyalley | 2009-10-28 08:36 | ひと
当意即妙  :   サルコジ二世

【10月14日 AFP】
フランスのニコラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)大統領の息子で大学生のジャン・サルコジ(Jean Sarkozy)氏(23)が、パリ(Paris)近郊のビジネス街ラ・デファンス(La Defense)地区を監督するデファンス地区開発公社(EPAD)のトップに就任する可能性が報じられ、抗議や冷笑といった反応が広がっている。

ラ・デファンス地区は15万人が働くビジネス街で、フランスの国内総生産の10%を占めている。EPADはこの地区の不動産を管理する準政府機関。

最大野党の社会党が反対を表明するなか、サルコジ大統領は13日この問題について初めて口を開き、「理由もなく度を超えたやり方で人をオオカミの群れに投げ込むのは決して正しいやり方ではない」と記者団に語り、ジャン氏が不当にメディアの餌食にされているとの考えを示した。

ソルボンヌ大学(Sorbonne)法学部の無名の学生だったが、2008年に父の地盤であったオー・ド・セーヌ県(Hauts-de-Seine)議会議員に当選。メディアから「ジャン王子」と揶揄されてきた。

ジャン氏はメトロ(Metro)紙に対し、「『サルコジ』と呼ばれることは物事を難しくしている。わたしが最初から直面している痛烈な個人攻撃がその証拠だ」とし、「人より多くの権利は望まないが、同時に少ない権利も望まない」と心境を明かした。

ジャン氏のEPADトップ就任をめぐっては、13日までに4万人がウェブ上で反対する請願書に署名している
マイクロブログサービス「ツイッター(Twitter)」にも、「ジャン・サルコジは潘基文(パン・キムン、Ban Ki-moon)国連(UN)事務総長の後任になれるくらい成熟している」と当てこするコメントなどが寄せられている

サルコジ大統領の子息ジャン・サルコジ氏は、24日結局 就任を断念する旨をテレビ番組で明らかにした。
ジャン氏は「身内びいきされたと思われるのは避けたい」と述べるとともに、マスメディアに誤った情報を故意に流されたと就任に反対した人々を批判した。

野党社会党は「民主主義の国家として物笑いの種でしかない」と大統領を批判している。

                        : : : : : : : : : : : :


サルコジ二世氏の姿を衛星放送のニュースで観た


  記者 : 今回のことに関して大統領に相談をしたか
  サルコジ氏 : 「大統領」にはしていないが「父」にはした

この若者の当意即妙の反応が
親子関係の親密さを好もしく感じた
by skyalley | 2009-10-27 19:56 | こころへ教室日記
「わからないよ でもそれを考えるのが僕(大統領)の仕事なんだ」

大統領: あの国の王とはぜったいに取引をしない
元老: 取引をすればザクロをまた国民みなが食べられるのです
大統領: それは正しいことじゃないよ
元老: 陛下 これは政治です
        正義では解決できません
大統領: ぼくは政治をもっと勉強しなければならない
         でもみんなにも勉強して欲しいことがあるよ
元老: 陛下 ・・・・ ではどうしたらよいのです
大統領: ぼくにもわかならいよ でもそれを考えるのが
         ぼくの仕事だよ
         汚いやり方を認めたら 次々に汚い手を使ってくる
         何か解決策があるはずだ
         言いなりになっちゃだめだ

いろいろあったのち
大統領はだいじな友だちを失うことになったが
一件は落着

元老: 友だちを無くしたことはいかにも残念でしたが
        プライドを保てたのは何よりでしたな


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1931年
フランスのジャン・ド・ブリュノフが二人の息子のために作り
やがて出版された「ぞうのババール」シリーズは
作者が息子のローラン・ド・ブリュノフに変わった今も読み継がれ
人気を博している


今朝のアニメイションの番組での一場面
主人公のババールは動物王国の大統領である
何かと問題を引き起こすサイの国王が
みんなで分け合っていたザクロの果樹園の周りに
柵を作り ザクロを独占し出した


その事件に対しての
新任大統領ババールと
長老コルネリウスとのやりとりが
最初に挙げた会話だ
by skyalley | 2009-10-21 10:00 | こころへ教室日記
皇后陛下お誕生日に際してのご感想

皇后陛下お誕生日に際し(平成21年) この1年を顧みて 
                 - お誕生日ご感想

丁度昨年の今頃,世界的な金融危機が生じ,日本においても経済の悪化に伴い,大勢の人々が困難な状況に置かれました。職や居住の場所を失ったり,進学の道を閉ざされ,あるいは就職の内定を取り消された人々も多く,この1年,最も案じられたことでした。また,今年前半に発生した新型インフルエンザが,世界規模で広がる可能性を見せており,寒い季節に入るこれから,少しでもこのことによる被害が小さく抑えられるよう願っています。

今年は裁判員制度の導入で,司法界に注目が集まると共に,政権交代という,政治上の大きな変化のあった年でもありました。米国においても政権が変わり,着任から程なく,オバマ大統領のプラハでの演説があり,その中で核兵器廃絶に向ける大統領の強い決意が表明されました。そして今月,ノーベル財団は他の要因も含め,この大統領のとった率先的役割に対し,今年度のノーベル平和賞を贈り,この行動に対する共感と同意を表しました。核兵器の恐ろしさは,その破壊力の大きさと共に,後々までも被爆者を苦しめる放射能の影響の大きさ,悲惨さにあり,被爆国である日本は,このことに対し,国際社会により広く,より深く理解を求めていくことが必要ではないかと考えています。

アフガニスタンで農業用水路を建設中,若い専門家がテロリストにより命を奪われてから1年が過ぎ,去る8月には故人が早くより携わっていたその工事が遂に終わり,アフガン東部に24キロに及ぶ用水路が開通したとの報に接しました。水路の周辺には緑が広がっているといい,1971年,陛下と御一緒にこの国を旅した時のことも思い合わせ,やがてここで農業を営む現地の人々の喜びを思いつつ,深い感慨を覚えました。
今年は陛下の御成婚50年と御即位20年の,それぞれ節目の年にあたり,4月には国内の大勢の方々に,又,7月に訪れたカナダやハワイでも,お会いした多くの方々に金婚を祝って頂き,うれしゅうございました。秋の御即位20年を,陛下がお元気にお迎えになり,御即位に関連する様々なお行事が,滞りなく行われますことを,家族の皆と共に願っています。


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昨夜 友人の唐澤豊さんから
皇后陛下がお誕生日に際してのご感想の中で
被爆国としての日本の役割に
あらためて触れられている ということを
メールで教えて頂いた


同じく豊さんからメールを受けて
岡本おかぽん氏がさっそくご感想の原文を送って下さり
次のような言葉が添えられていた

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天皇陛下もそうですが、過去、皇后陛下のお言葉を拝見いたしますに、それらは、ひとつひとつの機会をとらえ、柔らかく自在にご示唆に富むお話しとなっておられ、それは、私たちの自然な気持ちとも多く合致しているように感じられます。
今回のお話しでも、核兵器のことのほか、私たちが忘れてしまっていた、かの地で殉ぜられた同胞に触れられ、平和であったあちらの時代に思いをはせられるとともに、お気持ちのあるところを伝えられておられます。

民間から皇室に嫁し、今日まで皇后陛下が、積み上げられてきた「徳」の貴さを思い、ひそかにお誕生日のお祝いを申し上げるものです。


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彼のご厚意に感謝し
また添えられたご意見に私は同意する

ひとりの女性としても敬愛している皇后陛下の
お健やかな一年を蔭ながらお祝いし
一国民としての務めを果たすべく行動しようとの思いを
強くした
by skyalley | 2009-10-21 09:02 | ひと
12歳 本を読めるようになった!

5年生の暮れに隣家に越してきた海人少年
2年生の漢字を読めなかった
母親からの希望で 
すぐにいっしょに勉強を始めることになったが
5年間の遅れを取り戻すには
一週間に一度の勉強ではとても追いつかず
二度でも追いつかず
とうとうこの夏は毎日我が家に来てもらい
ほとんど一日中 国語と算数の勉強に明け暮れた


その積み重ねの「量」に
ある時から「質」が加わり
満を持して ずしんとばかりに沈下した
その行く先が
海人が生まれながらに持っていた「底力」
だったのだと 今思う
突然に本を読み始めた
12月の徳談会の講師でおられる岩崎京子さんの
『建具職人の千太郎』を与えると
訥々とながら読み始めたのだ

  
  おこうが
  鶴見の建具屋
  「建喜」に
  奉公にあがったのは
  十歳(とう)のとき
  でした・・・


先週のことである
それから毎日一章ずつ読んでは
内容を簡約し書き留めている
頼んでもいないのに
「豆知識」などという項目まで作って
興味を惹いた箇所を書き出したりもしている

  江戸湾の湾岸では5月にアジが産卵のために
  たくさんきておいしい  


すでに読書を愉しんでいる
思えば12歳の先週まで
彼は文盲であったのだな と
闇に閉ざされていた彼の知性に
あらためて思いを寄せる


今週の日曜日 
一日中 自分の用事が重なって
私は珍しく海人と勉強をしなかった
翌日 何をして過ごしたかを訊いてみると
母親と姉と公園に行って
敷物の上で3人並び本を読んでいた と言った


母親は物語
姉は携帯電話で小説
彼は以前から集めていた「コナン」の漫画
今まではただ絵を眺めて内容を想像していたが
字が読めるようになったので
面白くてどんどん読み進んだ と言った


今日も秋晴れ
那須から上京していた妹・美智子が帰ることになった
玄関で別れを伝えられた彼女に
そして母親のももに
「ほいくえん いきたくないよ〜」と
また心細くなっていた孫息子・颯太と
海人のことを思っている
よき午後を過ごせよ と
by skyalley | 2009-10-20 12:32 | ひと
胡 暁子の試み :  客室乗務員への茶話会

毎年行われるリクルートの
「エイビーロード エアラインに関する調査」によると
2009年の総合満足度の第一位に選ばれたのは
連覇を果たしたシンガポール・エアラインだそうだ

航空会社選びも大切な海外旅行の一部と考え
対象となる40社の航空会社満足の向上と
海外渡航者への航空会社選びの目安の提供を通して
評価を明らかにすることが目的


評価の内容は以下の5部門

機内サービス部門 : 客室乗務員の接客
エンターテインメント部門 : 映画音楽番組
機材設備部門 : 飛行機そのもの・機内の快適さ
機内食部門
空港接客サービス部門 : 空港内の職員のサービス


総合満足度は
「客室乗務員の接客サービス」が最も関係しているが
第一位のシンガポール・エアラインについては
見た目に麗しいユニフォーム「サロンケバヤ」が
機能性にも優れるなど
イメージの良さと
きめ細かな対応を兼ね備えるもてなしが
高く評価されたと見られるそうな


以下
2位  ヴァージン アトランティック航空
3位  エバー航空
4位  ANA(エアーニッポン含む) と続くが
8位には21位からゴボウ抜きでJALウェイズがランクインするなど
日系エアラインのサービスが見直されているそうだ


客室乗務員の知人からは よく
公衆道徳を欠いた乗客や 
躾をされていない親と子ども
文化的背景のまったく異なる乗客への応対に
難儀した話を伺っている


そ こ で


シンガポールでの暮らしが長く
世界のさまざまな航空会社の
ファーストクラスでのもてなしを受けてこられた胡さんに
先週の土曜日にお会いした折 あることを提案してみた


日本の航空会社に客室乗務員として勤めておられる
私の知人と彼女の先輩・同僚・後輩に
いかにして82歳までその美貌を保っておられるか
いかにして知性を磨いてこられたか
いかにして機内での最高のもてなしを提供できるか
などなど ご経験を踏まえて講義して頂けないか と


知人にも同時に提案してみた
 「そのような方からぜひ客室乗務員として
  心身から醸し出される最高のもてなしを
  ご教示頂きたい」との返事だった
胡さんにその旨を伝えると 速快諾


胡さん曰く
「私は今まで よく財界人の方々のお集まりで
  時事問題を話してきたので
  胡さんという方は
  政治や経済といった堅い話しかなさらないのだろう
  と思っておられる方が多いの
  でも 客室乗務員の方達向けには
  まずは お化粧やお洒落の話を致しましょう
  そこを入り口に 肝心なこころの話も致します」


知人を始めとした客室乗務員の方達に
胡さんご自身の経験や経歴を語る説得力をもってして
千差万別のお客様
またさまざまな状況に対応できる姿勢
そして機内での最高のもてなしを提供することに
貢献して下さるだろう
by skyalley | 2009-10-19 05:00 | 徳談会日記
いつ どこから どのように 変わってしまったか


土曜日の夜
書とフランス語の学びに来られた絵美さんから
こんな話があり 一瞬胸が塞いだ


先日もまた人身事故で電車が遅れた
やっと出社してきた社員が
「今日は仕事をする気になれません」と洩らした
訊いてみると
事故で傷んだ遺体が検屍されている間
その一部始終を録画したり
カメラのシャッターを押す人たちの携帯電話が
電車のホームにずらりと並んで構えられていた
彼は足早に通り過ぎたものの
いたたまれなかった 
と 


今年の夏
私の家から駅へ向かう途中の家が漏電が原因で全焼した
あれほどの火事だったら
かなりのサイレンが聞こえてもおかしくはない近さであったが
風向きのせいだったのか
私は火事のことを全く知らずにいた



たまたま孫息子と自転車で用事を足しに出かけた途中
遠くに人だかりが見えた
何も気にせずに自転車を走らせると
黒こげの木の柱だけが残っている広大な焼け跡が現れた


どうしたの と問う孫息子にはその場では答えず
さっさと走りすぎたところで
動悸を抑えながら火事があったことを彼に話した
「かわいちょ〜ね〜
  もうおうちでアイスクリームたべられないねぇ」
3歳の子はそう言って同情した


「だれかのお家が火事になったときは
 見に行ったりしないよ
 お家のひとは とってもがっかりして
 とっても悲しいの
 だから見に行ったりしたらいけないね」と念を押した
孫息子は
「おうちでアイスクリームもうたべられなくて
 かなちいからねぇ わかった」と応えた


だいぶ経ってから そこを通りがかった
跡地は新地(さらち)のままだ
孫息子が 「あっ はっぱのあかちゃんがでてるよ!」
と声を上げた
よく見ると被災した屋敷跡の周囲に植えてあった木々の
焼けただれた葉の間から
すでに新芽が吹き出していた
by skyalley | 2009-10-18 22:18 | ひと
50年前の運動会  / 晴れ と 褻(け)

友人の豊さんに
孫息子の運動会があります とお伝えしたら

 
 お重においしいものを作って持って行き
 ご家族でゴザの上に車座になって
 昼食という昔ながらのスタイルでしょうか?
 楽しみですね。


と 半世紀前の運動会を思っての返事が届いた


毎年10月の運動会の朝は なぜかよく晴れた
新しい足袋を履いて足を下ろすと
大地とぴたっとくっついた感触が大好きだった
一足先に席を取るため学校へ行っていた祖母が帰ってきて
「ブランコの下にしたよ」などと言っている


よしっ 行ってくるね
走ることなんか大嫌いだったけれど
ふだん勉強ができない ちょっとグレたような男の子が
リレーや騎馬戦で活躍するのを見るのが大好きだった


どうみても運動会の格好をしているのに
商店街を鉢巻きをして歩くのが
いかにも運動会で恥ずかしかった気持ちも懐かしい
歩いて5分の学校から軽快な音楽が流れ来て
あちこちの路地から同じ格好をした子どもが足早に出てくる



校門に向かって角を曲がろうとしたとき
なかよしの芳子ちゃんの姿が見えた
普段着のままだ
私に気付くと家に入っていってしまった
こんな晴れの日の朝に・・・ 
私はどぎまぎする
 


校門をくぐるとそのこともすぐに忘れ
忘れていることさえ忘れ
五感は運動会一色
昼時になってブランコの下に行くと
敷物いっぱいに食べ物を広げて家族が待っていた


食後に初物の青い蜜柑を必ず食べた
指を皮に入れた途端の香りや
必ず酸っぱかったことも懐かしい
親が来られない子どもも誰かしらといっしょに会食
友人のいる遠い席に行ったりしている内に午後の部


ばんざ〜い ばんざ〜い!
紅組が勝ったり 白組が勝ったりして
運動会も終わり 夕日と共に家に帰る
その年 夕飯時に母が言った
「芳子ちゃんのお父さんが亡くなったんだって 今朝」


「晴れ」と「褻(け)」のあることを 身を以て知った
それらの言葉はまだ知らなかったけれど
あのきらきらと輝く運動会の朝に
芳子ちゃんを取りまいていた侵しがたい雰囲気との対比が
私に教えてくれた


もう50年も前の運動会・・・
by skyalley | 2009-10-17 08:54