触ることからはじめよう
by skyalley
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総選挙に臨んでそれぞれの


     今朝 
     徳談会第2回の講演者でおられた松浦靖明氏(89)より
     電話を頂いた
     「徳談会に参加する私の態度について
     気付いたことがありますので」 との前置き

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日 友人から電話がありましてね
友だちの電話番号簿を紛失してしまい
大いに慌てていたところが
偶然 机の引き出しの中に私の電話番号があり
藁をも摑む思いで掛けて寄越したそうですわ

その折の友人の様子から
彼がどれほど青ざめたか を察しました
歳をくってからの友人は どれほど大切か
誰しも病弱になっている我々にとっては
電話で話をすることは ささやかながら
うれしい慰めになっている

そこからね こんなことに気が付いたんですわ
私の人生には二つのシーズンがありました
17歳から20歳までの高等学校時代
22歳から26歳までの海軍時代
高等学校の同級生30人
海軍兵学校の同級生が20人
そのうちの一割の友を 私は戦争で失いました

私を徹底的な反戦論者ならしめたのは
たとえ一割であっても
数の問題ではなく
生涯の友人たり得た者を戦争で失った という悔しさ
その気持ちであったんだ と

九条のことも結構
論理で反戦を唱えるも結構
だが友だちを失ったという事実 
理屈や社会との云々ではなく
情の問題ですわ センティメントの問題

論理の面から云うと確かに弱いでしょう
しかし これは事実です
弱かろうが 何だろうが
これは赤裸々な私の経験からくる思いです
思いは騙せません

今後も徳談会には必ず出席させて頂きます
出欠席の返事をせん(しない)くらいだから
もう出席はもう当たり前のように思ってます
今までも戦争は嫌でしたが
友だちの電話で その最たる理由がはっきりしました

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   ちなみに総選挙を前に
   お考えをお聞かせ願えますか とお尋ねした
   松浦氏の答え


勘で投票ですわ
毎日毎日をどう生きているか
他に頼れるものはありませんわ
以上
by skyalley | 2009-08-26 19:16 | 徳談会日記
夏休み最後の一週間


世田谷区の小学校では
週休二日制にして以来
授業数が不足しているという理由で
24日の月曜日から新学期が始まったそうだ
無粋な話 可哀想な子供達
それでなくても夏休み というよりは
宿題のための休みとでもいうほど宿題が多いのに

隣の少年 海人君の学校の新学期は9月1日から
つまり今週が夏休み最後の一週間となる
金曜日からは家族で過ごすことになっているので
夏休み返上で 彼の勉強にお付き合いさせて頂いた私も
ようやく解放されて 孫息子とオットと
那須の妹の家に寄せてもらうことになっている

それにしても海人はよく学んだ
何度かこのブログにも登場してもらい
そのたびに「漢字が苦手な」という形容詞を付けたが
この夏の彼のがんばりで 
その汚名はほぼ返上できるくらいに
漢字に対しての
彼の感性は開き 粘着性は増し 磁場は広がった

ほぼ5時間以上 ときには6時間 7時間 
それも毎朝10時にやってきて
2年生の漢字の練習から始めた
今 4年生の漢字の8割方を憶えたところ
卒業までに小学生で習う漢字はおろか
中学生の漢字にまで行けるかも知れない

彼の能力の深く深くに埋もれていた宝に
自力で到達することができた海人
私が外国人留学生との日本語学習を始めたことで
同じ時間に学んでいるさまざまな国のひとに
「カイト ガンバリマショ〜」と声を掛けられた
照れながら心細げに 「はい」と応える海人の笑顔

私の期待が大きすぎてはならないと
自重しているつもりだが
ようやく光が見えてきたという実感は
私にも そして誰より彼自身にあるようだ
よくがんばってくれたものと 
ほんとうに感謝している

先日 玄関に一輪活けたアカマンマの草に
いつのまにか根が生え始めた
勉強を終えて帰る海人に
「ほら みてごらん
 土を探して こんなに伸びているよ」と知らせてからも
根っこは日に日に伸びて
もう硝子の器にいっぱいになっている

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あと4日の勉強を終えたら
私の教室での夏休みの猛勉強は終わり
もう少しの辛抱
がんばったね 海人
カンボジア人留学生が「夢は?」と問うと
「ロボットを創ること」と応えた
君を見ていると 未来に明るい音楽が聞こえる

この夏のがんばりは海人の一生の底力になる
そう思う


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by skyalley | 2009-08-25 16:17 | こころへ教室日記
総選挙に臨んで  胡 暁子


5日後に迫った総選挙に対して
徳談会でご講演下さった方々に
このところ ご意見を伺わせて頂いています

第3回徳談会の講演者 胡暁子女史は
私の問い合わせに対し
その日のうちに手書きで3枚の原稿を書き
速達にて送付して下さいました

胡女史の許可を頂き 要約をここに掲載致します

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回の選挙 
私と同年代の者にも
檄文を書かせるような日本の将来の重大が含まれてをります

出来れば自民も民主も過半数を取れないで
独立独歩の議員で構成される集団が出来て
何もまとまらないところから始めるのが良い 
と私は思ってをります

日本の方達は
日本人が日本魂を志に抱く真のリーダーを
選ぶべきと私は考えてをります

日本はアメリカの最前線に位置しているのですから
アメリカは日本を出城(でじろ)と考えています
しかし 日本は世界に向かって
戦争を二度としないと約束したのです
そのことを日本人は世界に対し
はっきりと意思表示しなければなりません

アメリカで教育を受け
米語とアメリカ人気質を熟知した蒋介石の妻・宗美錫は
中国の希望をはっきりとアメリカ側に伝えたそうです
彼の最大の見方は妻であったと云います

この国をどうするのか と考えた場合
戦争をしない国にする 
その一点を頂点として
政治・経済すべてのことを考えていかねばなりません

5年 10年計画で
世界に稀をみる平和国家を打ち立てることが
大切な任務なのです
過ぎてしまったことは反省として頭の中に刻みませう
しかし
日本が目指すのは世界に戦争のない国を
人を育てることなのです

核を保有しないだけではなく 銃器を作らない世界
人間が持つ最大の力 「説得力」を養い育て
何事も論戦で相手に説得させ得る術を
小さいときから身に付けるような教育
道徳教育 家庭の躾 
生まれたときから教えて行くように

このように教育も 医療も年金もすべて
「戦争をしない」という大前提を掲げるからこそ
方針として決めて行かれるのです

そのためには
地方分権が成立する地方の人材育成 
すでに横浜の中田君が立ち上がっております
いつまでも戦争中と同じく「親方日の丸」で
日本中一斉に同じ事をやる社会だと
またぞろ戦いを始めたくなる男性達が出現します

自民にするか 民主にするか
日本人はどうしても白黒をつけたがるけれど
アメリカに追従してもいけない
中国に追従しても行けない
日本は日本でなければいけません

台風、洪水、地震・・・
天災だけでも大変な世界です
とんでもない政治家 政党を選んでしまうことが引き起こす人災は
もう無くしましょう
by skyalley | 2009-08-25 13:21 | 徳談会日記
『日本政府への米国政府の年次改革要望書』

つい今しがたまで
現日本エッセイストクラブ理事長であり
半世紀をジャーナリストとして過ごされ
87歳の今日まで 多くの経財界人と直接関わり
政府の高官・次官・大使を友とされる村尾清一氏と
一週間後に迫った総選挙について話を伺っていたら
あまりに現実を知らな過ぎたことを今更ながらに知らされた
私が村尾氏から教えて頂いたこと
その後 知り得たことを記しておこうと思う


村尾氏は 最初に一冊の本の名を出された
2004年に文藝春秋社から出版されてから
今では20数版を重ねているという新書だ

『拒否できない日本』関岡英之著(文春新書 2004)

著者の言葉を文藝春秋のサイトからご紹介する

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これから数年後の日本に何が起きるか。
それを知りたいとき、必読の文献がある。
『日本政府への米国政府の年次改革要望書』という文書を
ご存知だろうか。
通信、エネルギー、金融、流通。さらには医療制度や薬事制度、
公正取引委員会と独占禁止法、商法、司法制度改革、
構造改革特区、郵貯をふくむ公益法人の民営化政策。
個別産業分野から一国の立法、行政、司法に及ぶ
あらゆる分野に関して、
アメリカのなまなましい要求事項が網羅されている。
アメリカ政府が毎年公表しているものだが、
日本でそれを知る人は少ない。

この文書は
一九九三年の宮沢・クリントン両首脳の合意を契機として、
翌九四年以来毎年十月に定期的に発行され、
今年でちょうど十周年を迎える。
それは単なる形式的な外交文書でも、退屈な年中行事でもない。
アメリカ側の要求項目は、
日本の各省庁の担当部局に振り分けて検討され、
やがて審議会にかけられ、
法改正や制度変更によって着実に実現されてきた。
そしてこれらの外圧の成果は、
アメリカ通商代表部の『外国貿易障壁報告書』によって
毎年三月にアメリカ連邦議会に報告されているのである。

これは「制度化された内政干渉」としか言いようのない、
異常な事態だ。
だがすべてアメリカ側の公式文書で公開されている、
まぎれもない事実である。
 
ここ数年、日本とアメリカとのあいだには
通商問題をめぐる摩擦がほとんど聞こえてこない。
だから外圧の悪夢は
とっくに過去の話と思いこんでいる人が多いだろう。
ところがこの内政干渉システムは
党派を超えて現在のジョージ・W・ブッシュ政権にも引き継がれ、
通商問題とは次元を異にする、
より国家の本質にかかわる分野に焦点を移しつつ
活用され続けているのである。

現に昨年十月にも『年次改革要望書』の最新版が発行されている。
アメリカはこの便利な対日圧力のシステムを
簡単に手放す気などまったくないのだ。

民主党のクリントン政権はこのシステムを
「強化されたイニシアティブ」と称していたが、
現ブッシュ政権はそれを「改革イニシアティブ」という、
もっと人聞きの良いものに改称した。
さらに政府による直接的な外圧の色彩を薄めるためか、
両国の財界人も協議に加わる官民合同方式に改められ、
ついでに『要望書』の英文タイトルも
SubmissionからRecommendationsに変更された。
前者は「服従・従順」、後者は「推奨・勧告」と辞書にある。

要するに民主党流の威圧的な対日交渉スタイルから、
政府の介入を少なくとも
表向きは否定してみせる共和党好みの流儀に変更されただけなのだ。
 
(中略)

『年次改革要望書』を介して、
アメリカ政府がこれまで日本に対してしてきたことは、
一貫してアメリカ自身の国益の追求、
つまりアメリカの選挙民や圧力団体の利益の拡大、
ということに尽きる。
そのこと自体に怒りを投げつけてみてもはじまらない。
自国の利益を極大化するために
あらゆる国家戦略を駆使するのは為政者の当然の責務である。
彼らは定石を打っているに過ぎないのだ。
問題は、他国の干渉に迎合してきた結果の利害得失を、
自らの国益に照らして歴史的に検証するシステムが
我々の側に欠如していることだ。
本書を通じて、その必要性を少しでも感じて頂ければ有り難い。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

村尾氏は語った

   「米国政府の日本政府に対する年次改革要望書」が
   日本の構造改革の指導書だったんだ
   橋本内閣以後の構造改革は
   アメリカの利益のために作られたこの要望書通りに行われてきたの
   小泉首相は、この最も熱心な実行者だった
   だから彼の推進した構造改革のバイブルも もちろん
   アメリカの日本政府に対する年次改革要望書だったわけ
   小泉はアメリカの使いっ走りに過ぎないってことが
   よくわかるでしょ
   知らないのは国民だけだ

   『拒否できない日本』の初版は三日で完売したそうだよ
   自民党員がみんな買っているんじゃないかと
   文春の奴が言っておった

   民主党の議員が国会で小泉に
   改革はアメリカの指導によるものか と訊いたことがあるの
   竹中ね あれは 「見たこともない」と言ったんだよ
   小泉は 「それは思い過ごしだ」 と答えたんだ
   小泉政権だ 麻生政権だと言ったって 
   ブッシュの出先機関だったんだよ

   アメリカ大使館のホームページでさえ見られるっていうのに
   日本じゃ 大新聞も雑誌も「年次改革要望書」は禁句を決め込んでる
      
   品川さん(第5回の徳談会講演者 品川正治氏)も
   もうとっくに自民党を見限っていると言っておったでしょ
   彼の話では  
   アメリカと仲よくさえしていれば儲かっていた財界の大物でさえ
   この頃では品川さんに尻尾を振り出したそうだよ

そして最後に村尾氏はこう仰った

   他の人は知らんが
   僕は今度の選挙は 民主党がどうこうということじゃない
   もう今までの自民党ではだめだ ということを
   はっきり示すための選挙だと思う
by skyalley | 2009-08-22 21:53 | 徳談会日記
「総選挙に臨んで」


来週末に迫った総選挙について
「一回くらい民主党に政治をさせたら良い、
 変わることは良いことである」と
思っておられる方
あるいは 自民党ではもうどうにもならない とはいえ
民主党というわけにもいかないし
と思案しておられる方
さまざまな思いを抱いてお過ごしのことと存じます

かなり長いのですが まずは次の一文をお読み頂きたい


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  「総選挙に臨んで」                

今回の選挙ほど国際的に注目される選挙はないと思う。
親米派(自民党)と親中派(民主党)との闘いだ。
一回くらい民主党に政治をさせたら良い、
変わることは良いことであると気軽に言う人もいるが、
実に無責任な発言である。

政権取っても現在の民主党は長く続かないだろうが、
次から次と親中派党が引継ぎ、
親中政治が百年続くことも考えられる。
民主党は小沢氏が党の代表者になった時、
国会を休んで、四〇〇人を連れ、
宗主国訪問の如き中国訪問をしている(平成二十年)。
然し、何の理由で中国訪問したのか、一切、報道されていない。
中国に都合の悪い報道は控えるという
念書を取られている朝日、毎日、読売新聞での報道は
勿論なかった。
また、口の軽い小沢氏は米軍による日本防衛は
第七艦隊だけで良いとか、
基地を沖縄から本土内に移したら良い
(沖縄は昔は中国の保護国であったとの口説を得る)など、
中国からの入れ智慧の有無は別にして、
いづれも中国に都合の良い媚たる発言をしている。

もし、民主党が勝てば、親中国系の内閣が出来る。
然し、対中国、ソ連のために出来た安保条約も併存することになる。
矛盾した政体で必ず混乱が起り、
成行きによっては自衛隊による軍事政府の成立も考えられる。

終戦間近かの時、
米中露仏間で決められたと云う日本分割占領案を
マッカーサー将軍が無視して日本全体を占領したと聞いている。
従って、中国、ソ連は、その代償として、
それぞれに都合の良い政党を作り得ることになり、
それぞれの国で養育した日本人を指導者として、
ソ連は共産党を、中国は社会党を作った。
共産党は戦後まもなく様々な事件と係わり、
レッドパージで共産党は日本化され、
それなりに発展して今日に至っている。

然し、社会党の方は、日本化されることなく議会で常に反対し、
日本の発展を阻害し、
日本人にプライドの無き卑下的感情を植えつぎ、
毎年党首が党勢を報告するなど、
現在も設立時の雰囲気を維持している。

また、党に属する日教組は
極端な機会均等平和人道主義平等などを旗印にして
青少年の健全なる教育効果を阻害し、今に至るも、
大きな悪影響を与えている。
六〇歳以下の人々が
新聞ニュースを賑やかす様悪しき身上の有様は
日教組教育に依ることが大きいと思われている。
従って、社会党は日本人に理解し難いことが重なり、
今日の如く衰微の様を呈している。

中国の入れ智慧が脱自民党及び脱社会党の人々を集め、
社会党の代わりとして活躍しているのが民主党であると思われる。
議会運営をみても野党第一党であった旧社会党と同じく、
常に反対し、日教組も取り入れ、
なんら旧社会党と変わりない民主党である。
 
さて、選挙に向かって、
民主党の云うことで気にかかることが二つある。

一つは、脱霞ヶ関官僚政策である。
政権をとったら
与党議員(民主党)百人以上を政府に送り官僚を抑え、
また、国家戦略局を内閣に組織し、
予算や外交の基本方針を決めると云う。
まるで革命を思わせる構想である。
しかも、結果を公開すると云う。
革命を経験している国からの入れ智慧なのだろうか。
平和国家の日本では考えられない発想である。
内閣の独裁性が強くなることが心配である。
 
もう一つは、友愛の心をもって外国人に選挙権を与えることである。
外国人と言っても、人口の多い中国人である。
日本人は錦を飾ると云って、成功すると古里に帰るが、
中国人は永住する民族である。
フィリピンの人口動勢で永住民族である事が判る。
二十五年で倍増する。
仮に、初年度に一千万人入植すれば五十年で四千万人、
七十五年で八千万人になり、百年で一億六千万人になる。
毎年数万人ずつ入植すれば、五十年足らずで、
日本人より中国人の方が多くなると思う。
チベット、ウイグル地区で中国が実施している方策である。
恐らくチベットの都会では中国人の方が多いかも知れぬ。

日本は隣国である中国と親しく付き合わねばならぬ。
それだけに中国の常套政策を知るべきであるが、
然し、理解しにくいことが多い。
革命後間もなく、文化大革命政策、一人子政策を実施している。
文化大革命により、
ウイグル、チベットに住む異民族の宗教を破壊して人心を改革し、
民族としての纏まりを阻害している。
また、一人子政策により、少数民族の消滅を計っている。
更に、問題の多い地域に、漢民族を入植させ、
異民族を従属しようとしている。
漢民族だけが、正当なる中国人であるとしているが、
融和的な日本人にとって理解に苦しむ。

さて、中国は五千年以上の歴史を有し
紆余曲折はあるが、常に広大なる領地を占有し、
宗主国として振舞って来た。
歴史力と云うべきと思う。
中国は、少なくとも二千年前から日本を蛮国と称して
優越感を歴史的にもっている。
例えば、龍の足指数は中国王室が五本、
文化の発展している朝鮮王室は四本、
日本は三本と定められているが、その年代は知らない。
今度の戦争でも、日本兵隊の残虐性を世界に宣伝し、
日本の靖国神社に参拝に干渉している。

現在、日本はアメリカとの安保で防衛されている現況を考え、
日本のプライドを考えながら、投票してください。
民主党よ!
 マニフェストに
「日本人としてのプライドの心で活動する」
の一文を加えてほしい。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


以上は福島県伊達市にお住まいの氏家淳雄(あつお)氏
84歳のご意見である

昨日 夕暮れ時に郵便受けに手を伸ばしたら
一目でわかるなつかしい恩師の手蹟を拝掌した
差出人はご主人様との連名になっている
珍しいこと と思いながら早速に開封する

 前略 取り急ぎ乱筆します
 死を前にして 国を心配する老婆 御笑い下さい
 一票の大切さを 将来の子供のことを考えると
 現在の民主党では駄目です
 自民でいきましょう
 私は主人の提言に同感です
 ご迷惑でしょうが クラスの皆様によろしくお願い致します
 コピーしてお渡し頂けたら幸です
 私の自分勝手をお許し下さい
 私の独り勝手な判断で行動していますので 悪しからず


     
医師でおられた淳雄氏のおつれあいであり
満90歳になられる小学校の私の担任でおられたコウ先生から
こんな文が添えられて
「総選挙に臨んで」は送られてきた

さっそく先生に電話をする
とてもお元気そうなお声が届く

出産後 二週間で死ぬ女性教員が多かった半世紀前
当時の世田谷区教育長宅に8人の同僚と
胸に短刀を隠し持ち 命懸けの直談判をすべく乗り込んだ時から
教育は中道でなければならない という大原則に
どんどん反れていった日教組の歴史の只中におられた先生は
自分たちが犯したまちがった日教組の教育を猛省した上で
と 前置きし

  誰に頼まれたわけじゃないの
  ただ世界をみると う〜〜んと心配なの
  死ねないの
  お父さん(ご主人様)も私も
  体は思うように動けないけど 頭と口は達者だから
  できるだけのことはしようと
  今 炬燵からみんなに檄を飛ばしてるのよ


私は出来るだけのことはさせて頂く と約束をした
基より 私は氏家先生ご夫妻のお考えを
皆さんに推すつもりは毛頭無い

所番地に「字」が付くような日本の片隅でも
今度の総選挙について
真摯に相対している老夫婦がおられる事実を
厳粛に受け止め
ここに記しておきたかった

  

 
by skyalley | 2009-08-21 09:52 | 徳談会日記
「悠愉学舎 (ゆうゆぜみなーる)」の存在



小田急線経堂にある塾「悠愉学舎」
http://members2.jcom.home.ne.jp/yamasoft/yuyu/index.htm
主宰しておられる海沼栄造さんと
彼の右腕で 
私とは書の稽古を共にしてくださっている福嶋俊さんとが
編集・発行している「悠愉便り」(7月13日号)に
塾の月謝について こんな一文があった


  不況と言われています。
  昔からお金とは縁のない我が家ではあまりピンとこないのですが、
  それも塾の保護者の皆様に支えてもらっているから
  どうにか食べていけるのだと本当に感謝しています。
  
  リストラや賃下げで
  苦しい経済状況に追い込まれている家庭も多いと思います。
  でも、もし、経済的理由で塾を辞めるしかないと判断した時は、
  ちょっと待って下さい。
  悠愉には、減免 ー 出世払い制度というのがあります。
  悠愉を続けたいと思ってくれるだけでありがたいのです。
  月謝は半額でも3分の1でも千円でも構いません。
  払える範囲で払って頂いて、残りは経済状況が好転した時とか、
  生徒が働くようになってからで結構です。
  もちろん私が亡くなったらそれでチャラです。
  困った時はお互い様ですから、遠慮しっこなしです。
  
  経済的に苦しいということはつらいことですが、
  何ら恥ずかしいことではありません。
  私が小中学校の頃など、日本中みんな貧乏でした。
  ズボンなんか一着しかなくて、つぎをあてたのをはいていても、
  それでも楽しいことはあり余る程ありました。
  そんな経験をしてきたお陰で
  「貧乏がなんだ」というような気持ちが体の奥の方に根付いています。
  
  もし「月謝がちょっときついなあ」と感じた場合には、
  必ず相談して下さい。
  方法はいろいろある筈です。



私の二人の娘達も
高校入学前にお世話になった悠愉学舎
在籍していたことを いつまでも誇りに思う塾だ
ちなみに 私塾の主宰者として
私の思いは海沼さんとまったく同じ
しかしそれを 文章で明記されているところに頭が下がった

悠愉学舎を子どもが学ぶ場として選ぶ親
そこに通う小学生・中学生 あるいは巣立ったひとびと
会ったことがあるかたもあるが ほとんどを存じ上げない
けれど 海沼さんのお人柄を慕い
彼の教育に対する情熱を尊ぶその方々に
絆を感じるのは ひとり私だけではない
by skyalley | 2009-08-18 05:48 | ひと
おはようございます 今日は終戦記念日でございます


常は6時ころに目覚めるのだが 
前日の夜更かしのせいで
土曜日の朝 惰眠を貪っていたら 
娘が私の携帯電話を持って 寝室へ上がってきた
「かあさん 胡(おう)さんから!」

胡 暁子さんとは
第3回徳談会でのご講演をお引き受けして頂いて以来
おつきあいさせて頂いている
御歳82歳
眉目麗しく こころ清く 屈強 そしてお茶目な大姉御


   おはようございます 胡でございます
   今日は終戦記念日でございます
   お休みでいらっしゃいましたろうか


私は急拵えで頭のスイッチを入れたが 
はい とだけしか返せない


   このところはですね 何だかとても惨めですのよ
   普段思い出したくないことが 思い出されますの
   父は陸軍の重要な任務を仰せつかっておりましたでしょう
   政治家や軍のお偉いさんなどが家へ参りまして
   何やら深刻そうに話しておりましたのを
   わたくし まのあたりにしておりましたが
   戦争に負けたら どなたもとたんにシュンとしてしまいまして
   あの父でさえ アメリカ軍の復讐を恐れて
   わたくし達姉妹に でかけるときは目立たないような服装をして
   目立たないように歩け と こう申しましたの
   なんと日本の男のなさけないことよ と
   怒りだ何だというより 色々なことが思い出されて
   今日は情けなさ 惨めさで胸がいっぱいですの

   あなたにはお孫さんがおられるでしょう
   今の教育はなっていないけれど
   あんな戦争の参謀を作り出すような戦前の教育だって
   一概にいいとは言えません
   ですから 学校の教育を頼らず
   家庭でもって 命のたいせつさを
   大自然と結びつけて命のたいせつさを教えること
   弱い立場になっても 強く生きることを教えること
   それを強く思いますの


そう一気に話された
しばらくお会いしていなかったので
お宅の近くまで参りますので食事でも とお誘いしたが

   今週は何か暗い気分だから 来週にしましょう
   あなたにまでそんな気分を移したくないから

と気丈な方にしては 珍しく気弱な言葉を口にされた


胡さんからの電話で 
8月に入って一週間経った頃
やはり徳談会の第2回講演者を務めて下さった松浦靖明氏から
頂いたお電話を思い出した

   
    23歳(の松浦氏が) 広島におった人間として
    8月はろくな月ではないですな
    私が南方に出航したことで
    私の代わりに広島にいた人間が被爆したわけですから
    8月は暗い月です


今年の夏は
例年にも増して戦争に関するテレビ番組が多かったように思う
あらゆる場であの戦争を経験された方達が
今生(こんじょう)最後の仕事として
ご自身が記憶している経験や教訓を遺しておこう と
そう思わせる時に来ているのかも知れない


時間は残り少ない
たとえ存命でも 話すことが可能な体力・気力持ち続けられるとは限らない
永年語ることを拒まずを得なかったような過酷で いまだ鮮明な体験を
意識が明白なうちに 話しておこう 話しておかねば ということか
戦争体験者がいなくなる日が近づいているのは事実だ


9月の第6回徳談会の講演者 小林善彦先生も

      戦前・戦中については
      語っておきたいことはたくさんある ありすぎる
      どこを削るか 今大仕事になっています
      夏休み返上です


と先日の電話で仰って下さった 
直に先生ご自身の体験談を伺えることの 何とありがたいこと
先生が顧問を務めておられるフランス文学の読書会からも
多くの それも80歳以上の方々が
ご参会下さる旨 連絡を頂いている


それにしも

    おはようございます 今日は終戦記念日でございます

こんな言葉で起こしてくださる方が 
身近におられることを
過去のこととしてはならぬ と思う



胡 暁子(ダティン オー アキコ)
1927年(昭和2年)東京・四谷生まれ 番町小学校を経て文化学院卒 
1961年に萬金油(タイガーバーム)を世に出したシンガポールの
胡財閥三代目社長 胡一虎氏と再婚  
10以上の会社社長や役員を歴任 
1972年シンガポール赤十字副総裁就任 
福祉活動 難民救済活動や執筆の日々 
東南アジアと日本の架け橋として
相互理解を深める活動にも積極的に取り組んでいる 

著書 『国際人へのパスポート』(番町書房)
       『晴れもよし、雨もまたよし』(講談社)
       『日本人が知らない「日本の姿」』(小学館)
DVD『胡暁子の意識改革のすすめ』(日本日経映像社製作)                        
by skyalley | 2009-08-17 00:12 | 徳談会日記
秋の気配
那須に暮らす妹から
短い夏を愉しむ避暑客の様子
風交を綴るメールが届いた




お早うございます。
夏の日差しに秋の風
庭には吾亦紅、女郎花、桔梗、萩
夏と秋が混然としています。



九十歳の白石先生に、この夏もお目にかかることができました。
真っ白な髪をきれいに整えられ、白粉、紅も差され・・・
「生きている限りはねえ」と。
こちらが恥ずかしくなるほど身なりを整えられています。


那須に来るときに、いつもご自分で用意されていたスーツケースに
今年は、何を詰めていいのか分からなくなってしまった、と。
[人間てそんな風になってしまうのよ。今回初めて経験したことです。]
そういうことを客観的にとらえ、
人に話すことができるのもすごいことです。


隣家の奥さんと三人、デッキでの歓談の後、
「悲しいこと、苦しいことがあっても、
 これが人間の悲しみというものなのだと、味わえばいいのよ。
 毎日を楽しく生きるって約束しましょ!!」


三人六本の手が重なり合いました。
また、次に・・・は無いかも知れないという
先生のお気持ちが伝わってきました。


先生のお隣の柴田さんは八十四歳
四十年来のお付き合いとのこと。
二人手をつないで散歩する姿は、本当にほほえましいものでした。
白石先生は、柴田さんの手を取り、ご自分の脇にしっかりと挟んで
歩かれていきます。離すまい、というように・・・
会う人ごとに、これが一期一会
と心に刻んでおられるようにお見受けしました。


ニンジンとトマトのスープ、ミルクパンをお届けしたけれど、わたしは、
これが最後かもしれないと、心込め、真剣に作れたでしょうか。
人はよく、一期一会と口にするけれど・・・
それは本当の本当だけれど・・・


昨日帰られた先生の、
今年の笑顔、ほっそりとした手のひんやりとした感触を
今日は何度も思い出すのでした。
合わせて、戦争の時代を生きた人の日常に、思いが馳せられました。


(姪孫の)颯太から電話があって、
受け答えのしっかりしていること!
来訪、たのしみです。
こちらは、朝夕涼しくなり、今朝は十七度でした。


東京はまだ暑そう、ご自愛ください。
by skyalley | 2009-08-16 16:36 | 那須のパン屋A TABLE! 
「おはようございます 今日は終戦記念日でございます」 胡 暁子



常は6時ころに目覚めるのだが 
前日の夜更かしのせいで
土曜日の朝 惰眠を貪っていたら 
娘が私の携帯電話を持って 寝室へ上がってきた
「かあさん 胡(おう)さんから!」

胡 暁子さんとは
第3回徳談会でのご講演をお引き受けして頂いて以来
おつきあいさせて頂いている
御歳82歳
眉目麗しく こころ清く 屈強 そしてお茶目な大姉御


   おはようございます 胡でございます
   今日は終戦記念日でございます
   お休みでいらっしゃいましたろうか


私は急拵えで頭のスイッチを入れたが 
はい とだけしか返せない


   このところはですね 何だかとても惨めですのよ
   普段思い出したくないことが 思い出されますの
   父は陸軍の重要な任務を仰せつかっておりましたでしょう
   政治家や軍のお偉いさんなどが家へ参りまして
   何やら深刻そうに話しておりましたのを
   わたくし まのあたりにしておりましたが
   戦争に負けたら どなたもとたんにシュンとしてしまいまして
   あの父でさえ アメリカ軍の復讐を恐れて
   わたくし達姉妹に でかけるときは目立たないような服装をして
   目立たないように歩け と こう申しましたの
   なんと日本の男のなさけないことよ と
   怒りだ何だというより 色々なことが思い出されて
   今日は情けなさ 惨めさで胸がいっぱいですの

   あなたにはお孫さんがおられるでしょう
   今の教育はなっていないけれど
   あんな戦争の参謀を作り出すような戦前の教育だって
   一概にいいとは言えません
   ですから 学校の教育を頼らず
   家庭でもって 命のたいせつさを
   大自然と結びつけて命のたいせつさを教えること
   弱い立場になっても 強く生きることを教えること
   それを強く思いますの


そう一気に話された
しばらくお会いしていなかったので
お宅の近くまで参りますので食事でも とお誘いしたが

   今週は何か暗い気分だから 来週にしましょう
   あなたにまでそんな気分を移したくないから

と気丈な方にしては 珍しく気弱な言葉を口にされた

それにしも

    おはようございます 今日は終戦記念日でございます

こんな言葉で起こしてくださる方が 
身近におられることを
過去のこととしてはならぬ と思う



胡 暁子(ダティン オー アキコ)
1927年(昭和2年)東京・四谷生まれ 番町小学校を経て文化学院卒 
1961年に萬金油(タイガーバーム)を世に出したシンガポールの
胡財閥三代目社長 胡一虎氏と再婚  
10以上の会社社長や役員を歴任 
1972年シンガポール赤十字副総裁就任 
福祉活動 難民救済活動や執筆の日々 
東南アジアと日本の架け橋として
相互理解を深める活動にも積極的に取り組んでいる 

著書 『国際人へのパスポート』(番町書房)
       『晴れもよし、雨もまたよし』(講談社)
       『日本人が知らない「日本の姿」』(小学館)
DVD『胡暁子の意識改革のすすめ』(日本日経映像社製作)                        
by skyalley | 2009-08-15 23:22 | 徳談会日記
書き順なんていりません?!

7月から務め始めた留学生会館での日本語教室
今日の午後はカンボジア人のブンナットさんが
私の教室に出向いて勉強に来られた
彼は奨学金を得て 東大の文学部に所属している
誰にでもわかる日本語の教科書作りを博士号の課題とし
来年帰国したら 故郷のプノンペンで日本語教師を と励んでいる


初めて共に勉強を始めたときから気付いていたが
ブンナットさんの平仮名の書き順がどうも怪しい
ほとんどといっていいくらい長い画を先に書いている
午前中に見えたセネガルのパパ・エリマンヌさんも
ホンデュラスのカロリヌさんも
そういえばそうだった


パパさんは社会心理学
カロリヌさんは歯科衛生学の教授を目指しておられるが
ブンナットさんは日本語教師を ということであるなら
前者のお二人と違って
お手本として彼の書いた文字を 彼が書いたように
生徒達は学んでいくことになる


ワークブックでの文章問題を一通り解いてから
ブンナットさんに書き順について
どう思っておられるかを尋ねてみた
「いらないです 書き順 私の教科書に書かない」
でもあなたは手本を黒板に書くこともあるでしょう
それでもだいじょうぶかなぁ 彼は苦笑いをした


「必要ない 難しいです 書き順」
私は自分で作った平仮名用教科書を彼に見せ
今度は 平仮名が漢字から出来たことを
ご存じかどうかを尋ねてみた
「知りませんでした」 
おやおや 大学教授は何を教えているのだろう


彼が 「う」や「え」という字を まず長い画を書き
その後に 一画目に書くはずの点を書いていることを
ご自身で確認してもらってから たいていの外国人が 
長い画から先に書いて 点は添え物のように書く
という事実を伝えた
ブンナットさんは だから? という表情で聞いている


平安時代に仏典を通して中国から伝えられた漢字は
男専用の文字で女性が遣うことは許されていなかったこと
女性の表現への情熱が 漢字から平仮名を創ったこと
たとえば 「う」は「宇」から 「え」は「衣」から と
漢字から平仮名へ 少しずつ変化する様子を書きながら
私は説明した


彼に「宇」を書いてもらった
うかんむりを書くとき 点から書き始めたので
「宇」という字を母に持つ子の「う」は 
母の姿と書き順を受け継いでいるという必然も話した
きれいである必要はないけれど
母のDNAを持った子としての平仮名であることは大事なの


漢字を中国の人から頂く前 日本人は文字を持っていなかった
すべての平仮名は漢字がなければ生まれ得なかったのだから
平仮名を書くときには 漢字を伝えてくれた中国の人への感謝や
多くの書籍を命懸けで持ち帰ってくれた日本人への感謝を
常に忘れないためにも
書き順に対しては従順になってほしい とブンナットさんに話した


気付くと私はずいぶん熱くなっていて
内心自分を笑った
「いらないです 書き順  私の教科書に書かない」
と仰ったブンナットさんの最初の言葉に衝撃を受けていたのだろう
日本語を書くときには 中国人そして
先達への感謝の気持ちを忘れずに と つい熱弁を奮ってしまった


ブンナットさんは 私の熱情にほだされたのか
「わかりました 勉強します」と応えられた
ご自身が作る日本語の教科書には
書き順は載せない とも仰っていたが
まずは先生になられるというブンナットさんご自身の
日本語に対する素養として そのことをわかって頂きたかった


ブンナットさんは 来週また勉強に来られるまで
あ行と か行の10文字の書き順を覚えて来ます と仰った
それぞれの平仮名の親となる漢字「母字」を
彼はほとんど書くことがおできになる
安 以 宇 衣 於 から あいうえお
加 畿 久 計 己 から かきくけこ の平仮名を女性が創った


この厳粛な事実に対して
私自身あらためて頭を垂れた
教える ということは 常に 教えて頂くことだ
将来祖国で日本語教師に そして
いつか外交官になりたい というブンナットさんの奮闘を
心から応援したい
by skyalley | 2009-08-15 04:57 | こころへ教室日記