触ることからはじめよう
by skyalley
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「来て よかった」




観音崎から 早恵さんが来て下さった
ご両親と共に船宿を経営するご主人に嫁がれて4ヶ月
初々しく おしあわせそうな早恵さんが 
賀状の書き方を学びに 教室に戻って来て下さった


大学生のときに初めて教室を訪ねて下さって
以来 卒業 帰郷 就職 退職 転職 再就職 退職 
その間も 時間をやりくりして千葉の佐倉市から
往復 5時間 をかけて 勉強に来て下さった


早恵さんは いつも控えめで 和やか
小さなえくぼを そのときはくっきりと表して
「婚約しました」  やがて 「来週 結婚します」
結婚式のお便りに 
早恵さんをご存じのお弟子さんみなに祝福された


今日も朝5時に起き ご主人のお弁当を作り
婚家から初めて やっぱり2時間半をかけて
勉強にこられ 2人のお弟子さんと机を並べた
筆を動かす早恵さんの姿を前に 私は感動していた


大自然に護られての船宿の仕事を手伝い始め
お土産に 手塩をかけて作った昆布と若布を持ってきて下さった
周囲の山の木々を観て風を読まれるお義母さまに付いて
誠心誠意働く早恵さんの姿が見えてくる


「 一日の流れが何とかつかめたくらいで
 一年 どんなことがあるのか まだ全くわからないのですが
 いろいろ面白くて・・・」
新米早恵さんの やわらかな頬がゆるむ


台のついた器にご馳走を山盛りにし飾り付けをした象形の
「喜」の文字
賀状に「喜」の一文字を大書すると決め
「書くのがたのしみになってきました」と帰り支度を始めた


玄関先で「遠かったけれど やっぱり来てよかった」
そう仰って下さり 観音崎 鴨居港へ帰って行かれた
休日は元旦一日のみとのこと
船宿の若女将としての初めての年末年始


大自然に魂を触れあわせての仕事場
どうかご家族のみなさまがご無事で
お客様方にはよい釣果に恵まれますように
祈りながら 後ろ姿を見送った
 
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by skyalley | 2008-12-28 16:27 | こころへ教室日記
たべれれる?


生来 小麦と卵 牛乳にアレルギーのある二歳半の颯太
小麦とは いつのまにやら慣れ親しんできたが
卵はまだ御法度
牛乳は豆乳で問題なし


ときどき 私と娘が
「これ どうだろう? 食べられるかね」
「少し食べるくらいならいいんじゃないかな」
などと話しているのを小耳に挟んでいるので



「これ そ〜た たべれれる?」 と訊いてくる
「食べられる だよ 颯太 た・べ・ら・れ・る」
すると 彼は鬱陶しがりもせず
「た〜べ〜ら〜れ〜る」 と繰り返してくれる


家の者に その手のことを言っても
言い換えてはいるけれど まるで気のない風
その点 颯太は真剣に私の口元を観て
一音一音を逃すまいぞ という構え


三つ子の魂百まで に似た言い方は 世界26カ国にある と聞いた
そのうち 鬱陶しそうにするようになるかもしれないが
三歳までは 
「ら」抜きでない言い方を繰り返していこうと思っている
by skyalley | 2008-12-27 23:21 | 孫息子・颯太言葉ノォト
猫パンチのお手柄

今日も今日とて
損得に抜け目なく 
人のことを思いやるゆとりもないニュースばかり
世智辛い世の中であります


つい溜息をつきながら 布団を敷いていると
オットが紙をひらひらさせながらやってきて
「ね いいニュースよ」とコピーした記事を手渡してくれた
Cats keep lost boy warm [猫 迷子の男の子を温める] とある



アルゼンチン当局によると 
Misionesの街で 捨てられた一歳の男の子が 
野良猫の群れのそばで生きていた
猫たちは残飯を分けてやり
彼を温めていた という

男の子は 数日前から行方不明になっており
警官のLorean Lindgvistさんによって発見された と
土曜日デイリー テレグラフ紙が伝えた

赤ん坊は側溝の底に横になっていたが
あまりに汚れていたので 猫たちがみな
彼の上になって舐めてやっていた とLindgvistさん
「私が近づくと 猫たちは防護体勢を取り 
 私に猫パンチを浴びせてきました
 赤ん坊が眠っている間 彼を温めてやっていました」

Lindgvistさんは 
彼が死んでもおかしくないような凍える晩に
猫の温かさが赤ん坊を救ったのでは 
という医師の意見に言及しつつ
赤ん坊のそばに残飯があったことから
「猫たちは 
 彼が傷つきやすく 護ってやる必要があるってことを
 知ってたんじゃないかしら」
とテレグラフ紙に語った

赤ん坊の父親はホームレスで 
息子は数日前に消えてしまった と話しているが
その間 猫たちはずっとその赤ん坊を護っていたことになる
と Lindgvistさんは話している



読み終えた頃 オットがまたやってきて
「ね いい話だったでしょ
 はい マティニ
 飲みたいって言ってたでしょ」





 
 
by skyalley | 2008-12-25 23:40 | ひと
「哲学などいらないから」
 
第三回徳談会の口演者を務めて下さった胡 暁子さんの事務所で
つい先日 こんなことを話題にした

今まで 友人のフランス人たちに
たびたび驚かれた
「宗教もなく 哲学の授業もないというのは 本当か
 日本人はどうやって《考える》つまり《生きる》ということを学ぶのか」

     だって 無くったって やってきたんだもの・・・

     宗教だ 哲学だ などと
     人為的に分類されたり 名づけられたりしたことからではなく
       「大自然」に従って 生きてきたのだもの
        (ちなみに「大自然」の「大」は
         絶対という意味で 大きいということではありません)


すると 議論に食い下がること大好きなフランスの友人達は
こう問うてくる
「じゃ 今の日本は どうなの」


「・・・・・・・このくにの人たちの善行であるが、
 これは大自然からじかに人の真情に射する純粋直観の力なのである
 このくにに古くからいる人たちには この智力が実によく働くのである
 それはたび重なる善行によって 情緒がきれいになっているからである
 新しくきた人たちも絶えずそう心がけておけば 
 だんだんそうなっていくのであって
 自分にできないから他にもできないなどと速断すべきではない
 人の真情にさす智力がよく働きさえすれば
 その人を枢要の地位に安んじておくことができるのである

 善行とは分別智のはいらない行為だといったが
 私の祖父はこのことを十分よく知っていたと見えて
 私の数えて五つの年から自分の死に至るまで
 一貫して 他を先にし自分を後にせよ という道義教育を施した
 また父は私を学者にするつもりだったから
 私に中学の寄宿舎にはいるまで 金銭に一切手をふれさせなかった
 この効果はてきめんで 
 私は今日まで一度も金銭に関心を持った経験はない

 このように
 私たちより少し前の人たちは 実に善行の特質を知っていて
 それが少しでもやりやすいようにいろいろくふうして
 家庭教育をしていたと思われる
 このくにのありがたさは
 ただそうしていればよいというところにあるので
 哲学などいらないから なかったのは当然であろう
 そして絶えず善行を行なっていると
 だんだん情緒が美しくなっていって
 その結果他の情緒がよくわかるようになり
 それでますます善行を行なわずにいられないようになるのである
 これが古くからのこのくにのくにがらである
 こうして日本的情緒ができ上がったのであって
 この色どりはちょっと動かせない

 この日本的情緒がくにの中身である
 これが決まっているのだから
 箱に相当する教育や政治はこれに合わせて作るほかないのである
 私たちが幽遠の世から続いてきたこの美しい情緒の流れを
 悠久の後までもつづけさせる使命を負っているのを考えるとき
 いまは何よりも教育 
 とくに義務教育が重大なものとして浮かび上がってくる

 くにがこどもたちに被教育の義務を課し
 それを三十年続けてひどく失敗すれば そのくには滅びてしまうだろう
 ところでこのくにでは
 最近概算十年 新学制の下に義務教育の卒業生を出したが
 これは明らかに大変な失敗である
 顔つきが変わってしまうほどに動物性がはいってしまい
 大自然から人の真情に射す純粋直観の日光は
 深海の底のようにうすくされているからである
 (中略)
 しかし 本当は道義教育をこそ義務として課すべきではないだろうか
 そして義務教育はそれだけで十分なのではなかろうか

 いまの義務教育はもう胃ガンと同じ症状を見せている
 手遅れでないとはいい切れない
 治療法としては 直ちに切開して 「疑わしきは残さず」の原理によって
 「人」も「学科」も「やり方」も清掃してしまうほかはない
 何よりもまず 動物性を持った者を教育者にしないことである
 闘争性 残忍性 少しでもそんなものがあってはいけない
 師弟は互いに敬愛すべきであって
 大自然の子を畏敬尊崇できない者は
 小学校に師たるの基本が欠けているのである
 ともかく人の子という敬虔の念なしにやっている者は
 教師でも学科でもみな削り 残った者だけで教育をやればよいのである
 極端なことをいうと思われるかも知れないが
 少なくともこれぐらいにいわなければ
 問題の所在はわかってもらえない状態にある

 敬虔ということで気になるのは
 最近「人づくり」という言葉があることである
 人の子を育てるのは大自然なのであって
 人はその手助けをするにすぎない
 「人づくり」などというのは思い上がりもはなはだしいと思う

 さし当たって教育をどう改めていくかであるが
 経験から学ぶのが科学であるからには
 暗中模索するよりは 戦前に戻してそこから軍国主義を抜けばよいと思う
 (中略)

 動物性の侵入を食いとめようと思えば
 情緒をきれいにするのが何よりも大切で
 それには他のこころをよくくむように導き
 いろんな美しい話を聞かせ なつかしさその他の情緒を養い 
 正義や羞恥のセンスを育てる必要がある
 (中略)

 いまの教育では個人の幸福が目標になっている
 人生の目的がこれだから さあそれをやれといえば
 道義というかんじんなものを教えないで手を抜いているのだから
 まことに簡単にできる
 いまの教育はまさにそれをやっている
 それ以外には 犬を仕込むように
 主人にきらわれないための行儀と
 食べていくための芸を仕込んでいるというだけである
 しかし 個人の幸福はつまるところは動物性の満足にほかならない
 生まれて六十日目ぐらいの赤ん坊はすでに
 「見る目」と「見える目」の二つの目が備わるが
 この「見る目」の主人公は本能である
 そうして人は えてしてこの本能を自分だと思い違いするのである
 わたしはこのくにに新しくきた人たちに聞きたい
 「あなた方は このくにの国民の一人一人が
 取り去りかねて困っているこの本能に
 基本的人権とやらを与えようというのですか」と
 私にはいまの教育が心配でならないのである」

       
数学者  岡   潔(1901~1978)は
「このくにの新しくきた人」の人生 教育 情緒に対し
1961年から65年にかけ 多くの随筆を通し
警鐘を乱打した  ( 『日本のこころ』 1974年 講談社)


「じゃ 今の日本は どうなの」
かのフランス人たちの問いに対して
と同時に
私自身の疑問でもあったこの問いに対して
この本の この人の言葉に応えを得られた
彼の予言通り 「新学制の下に」
「三十年続けてひどく失敗」して 滅びてしまったくにに暮らしている
 「新しく来た人」の一人である私の胸に
彼の警鐘は
半世紀後の今日 響いた
  


     
                                   
                                                             
by skyalley | 2008-12-24 07:46 | こころへ教室日記
「塗ればすぐ利く というわけにはいかないのよ」
今月7日の第三回徳談会で
口演をして下さった胡(おう)暁子さんの事務所をお訪ねした

すでに三冊を上梓しておられるが
以前 次作となる本の原稿をご恵送くださり
「読んでみてのお考えを是非」 と添え書きがあったので
三度読み返し そして忌憚のない意見を述べさせて頂いた

あとがきに
「読者の自己を確立するため きっと何かの参考になると考えたから」
と そうあってので
「自己の確立を最も大切なことと考えておられるのかと 読みましたが
 自己という言葉の存在すること
 自己のなんたるかを追求するということが存在すること
 まして常に新たに実現されていく自己を確立することなど
 生まれてから 一度も聞いたこともなければ
 考えたことも 実践したこともない様な大衆の世の中です
 自己とは何か
 自己を確立するとは何かという お考えを書き足された方が」
と率直に申しあげると
「本を出すことについて わたくしの願いは一つ
 リーダーを作ることです
 一億の方のたとえ5%でもよいのです
 その方々の自己の確立にお役立ちし
 そしてその中から 今の日本を救うリーダーが出て下されば
 それが本望です
 わたくしの本を 誰もが座右に置いて下さることは不可能なのです」
そう明言された

萬金油(タイガーバーム)を世に出した
シンガポールの胡財閥三代目社長に嫁がれた胡さんに
「では 今度の本も タイガーバームのように 
 誰のポケットの中にでも という訳には
 いきませんね」
と申しあげると
「そうなのよ 塗ればすぐ利く というわけにはいかないのよ」
と相好を崩された

日本の将来を憂い
数年前 シンガポールから東京に居を移し
講演を依頼されれば どこへでも駆けつけて行かれる
穏やかながら 82年の人生の
どんな経験からも教訓を学び出してきた胸に迫る話に
また時間を忘れた

次作の題は『老婆心』である
それにしても
あのような柔肌の手や頬を
私は見たことも 触れたこともなかった
by skyalley | 2008-12-21 23:34 | 徳談会日記
「学ぶとは 胸に誠実を刻むこと」
辞書で「素養」と引くと

  日頃から心掛けて身に付けた(ある程度以上の)教養や技芸(の下地)
       (『類語大辞典』 講談社)
  ふだんから心がけて見につけた知識・教養。たしなみ
       (『大辞林』 三省堂)

とある

一年をかけて教室用の漢字教程を作ってきた
書に関しての知識や 技術もさることながら
言葉や文字 書「道」などについての私感も
かなり多くの頁に亘って書かせて頂いた
叩き台となるものができたところでしかないが
これからお弟子さん方と共に育てていきたいと思っている

教材は宮澤賢治の「雨ニモマケズ」
詩に表出する漢字 約70字を基に
段階的に 系統的に 有機的に編修し
数千数万の漢字に応用できるような
そんな教程を心掛けた


幸い 実際に使い始めたお弟子さん方から
「一生大切に使います」
「末代まで使えますね」という言葉を頂き
蒔いた種が お弟子さん方の土壌に
受け入れられたことを とても喜んだ


しかし
しかし である
私はそもそも書の指導者になろうと思っていたわけではなかった
書くことはずっと好きであったし 褒めて頂くこともあったが
自分が好きであることと 人様にお教えする ということが
どれほどかけ離れたことかは よく知っているつもりであった
その私が16年前に書の教室を開くことにした
「素養」がないままに である


好きでしてきたことを
好きなように編修した その教程を
幼い頃から書道一筋でこられた方から見ると
果たして どれだけの説得力があるものか
すでに教室でお弟子さん方と使い始めているのに
私の中で 安閑としていられない という気持ちが
またしても頭をもたげた
今に始まったことではない
「素養」がないこと の不安である


意を決して 私は私淑している書道家に
その教程を持っていってつぶさに見て頂き
一人の弟子として初歩から教えを請おうと思った
重たい教程を持って 緊張しながら
今朝 五年ぶりに先生をお訪ねした


その眼にも 声にも ものごしにも 語り方にも
内なるうつくしさに満ちて
先生は私を迎えて下さった
ご無沙汰のお詫びのあと
早速 教程を先生の前に広げた
要所要所で先生からの質問があった
気付くと1時間半が経っていた


先日電話で 先生には教程を作ることになったきっかけや
内容の構成などをおおまかにお伝えした
ややあって 先生は
 「何と 言ったらいいかしら
  思った以上だったわ
  こんな教材 見たことがないもの
  私も勉強させて頂きたいわ」
  

そう仰って下さった
「共に学ぶことは もちろんとても光栄に思いますが
 弟子として 学ばせて頂きたいのです」とお願いした
先生は その必要はない と繰り返された


私は お弟子さんが書かれたものを拝見したとき
少しの添削なら その場ですぐにして差し上げるが
余りにたくさん添削の必要性あり のとき
ひとまず 「よくできていますよ」 と申しあげる
出来映えに対してというよりは 心映えに対して
それから さて どこからどのように指導させて頂いたら
最もよく本意が伝わり その効果が期待できるだろう 
と 対策を考える時間を 頂くことにしている


先生の真意は果たしてどうであったろう
私が「この教材をお手元において
   添削が必要な部分をお教え下さいますか」
とお願いすると
先生は大変うれしそうに
「 ぜひ そうしていただけるかしら
  もし 万が一にも ここは・・・ というところがありましたら
  お教えしますけれど 
  でも 万が一 よ」


あっという間に2時間半が経ち
私は孫息子を保育園に迎えに行くため
帰り支度を急いだ
近いうちの再会を約束しておいとました
帰りの電車の中で
この次に作ってみたい教程の考えが沸々と湧いた


先生は最後まで一頁一頁をていねいに目を通され
書かれた文章を 熱心に読んで下さった
それだけでも 私にとってどれほど励みになったことだろう
その上に 教程を先生の側に置いて頂き
ご教示頂けるなら本望である
本望以上である


先生は 先生の師である方の展覧会の折
会場入り口に掲げてあったという
フランスの詩人 ルイ・アラゴンの言葉を教えて下さった

   学ぶとは 胸に誠実を刻むこと
   教えるとは 未来を語ること


よい先生に恵まれていることを とても感謝したい
by skyalley | 2008-12-19 01:45 | こころへ教室日記
神は細部に宿る
隣人の海人君と 孫息子の颯太と
近所の蘆花恒春公園へ行きました

明治40年に徳富蘆花はこの地へ移り住み
晴耕雨読の生活を送ったそうです

面倒見のすぐれてよい海人と颯太は
無風の今日 温かな陽射しを浴びてじゃれるようにしてよく遊ぶ

ベンチで持っていった蜜柑を食べてから
当時の生活を偲ぶことができる蘆花の旧宅へ

硝子窓のゆがゆがが影になって映っているのを
「ちょ〜 きれ〜」と愛でる海人
すぐに口真似をする颯太

障子に嵌め込まれた指物師の仕事を見て すぐ触ってみて
「うっわ〜 まじですごくない? 手で造ってるよ」と愛でる海人
「つくってるね〜」とかろうじて語尾を捉えた颯太

五年生の海人は漢字が大の苦手でしたが
たゆまぬ努力の末 ずいぶん磁場が培われてきました
今の課題は 「とめ」「はね」「はらい」

点画の終筆は すべてこの三種類になるが
彼は乱雑に書くので
とめ も はらい もお構いなし

憶えたての漢字を忘れないうちに
と焦ってテストに臨む海人に いつも声を掛けます
「神は?」 
海人はにやっとしながら「細部に宿るぅ」と応えます

以前 その言葉の意味することを話したのでした
細かな木の細工物を触っていた海人
「神は細部だね」 と一言

勘のよいお弟子さんに恵まれて仕合わせです
「ん? な〜に?」とすかさず説明を求めた颯太に
「神様がね 細部にいるのよ 颯太」

気付くと2時間半も遊んでいました
海人はLEGOのトレーニング・スクールへ
颯太は遅ればせの昼寝へ
静かな静かな師走の夕暮れです
by skyalley | 2008-12-18 16:15 | こころへ教室日記
雨が 雨が ふっている


午前中の授業に間に合うように
孫息子を急かせて保育園へ

走って園の扉に近づくと 
きれいな歌声が洩れてきた

      雨が 雨が 降っている
   
      聞いてごらんよ 音がする

     ポツポツポツポツ 音がする
 
      ほーら お池に降っている
    
     金魚はどうしているかしら



孫息子の担任の先生の声だ
そうだ そうだ そんな歌があったっけ

   「知っていますか この歌
    景色が見えるようですてきでしょう?
    金魚のところが 私はとても好き」

同感
同感

乳幼児を伴って園庭解放に参加していた地元の若いお母さんたちに
先生は話しかける
お母さん達の反応は無い

先生がもう一度その歌を歌い始めたので
私もいっしょに歌った
気持ちが明るくなった

自転車に孫息子を乗せて帰る路でも歌った
孫息子は
「あ〜めが」の繰り返しと
「ぽつぽつ」の繰り返しが気に入ったらしく
「もいっかい!」「もいっかい!」と幾度もリクエストしてくれた
幾度も歌っているうちに
繰り返し部分だけを
孫息子も歌い始めた

詩心あふれる先生に
いつもながら感謝
by skyalley | 2008-12-17 21:05 | ひと
90歳の「夢が三つあるの」

徳談会を一週間前に終え
お礼状をすべての方々にお出しし
一息ついた
今日の日曜日は「徳」の字から離れ 
別のことを と 家人の誰もいなくなった家で
しめしめ・・・ と机についた途端 電話

「あ 高橋さん? わかる?」
私は応えた
「 わかりますとも わかりますとも 氏家先生!」
 お元気そうな声で何よりうれしい

金曜日に
   先生の話を伺いに 春に福島のお宅に同級生と伺いたい 
というお願いの便りを出していた
徳談会を始めたことに大きな意義を見出し とても喜んで下さった 
    「昨日は早くあんたと話したいな と思いながら
     でも また夜は授業なんだろうな と遠慮したの」

それから1時間 先生は90年の人生を簡潔に電話口で語られた
「先生 お会いした時にゆっくり伺います」 と申しあげたかったが
    「明日死んでも悔いはないの 
     でも明日のことは わからないだろ
     まして来年の春のことなんぞ 誰が知ろう
     今 少しだけ聴いてね」


50年ほど前になるね
松沢小学校(世田谷区)の私たち8名が中心になって
何日も学校に泊まり込んで 議論をした結果
直訴しかない ということになって
本島教育長に夜中 直訴に行ったの 夜中だよ
先生の産休を延長して欲しい って 
それだけのことだったけど 
みんな懐に小刀を持っていったんだよ 
命懸けだった

よかれ と思って日教組を育てていった
だけど個人主義を利己主義にはきちがえた教師を作ってしまった
私はみんなに謝んなきゃいけない と毎日思うの

今の政治家は命を賭してリーダーシップを取れる人がいない
「兄弟 こういうふうにするんだ!!」ということを示さなきゃいけないの



最後に先生はこう仰った


「まっちゃん! (私の小学校時代の渾名)
 私ね 夢が三つあるの
 一つは家族制度の復活 
 あたしとお父さん(おつれあい)は介護保険を親不孝保険と言ってるけど
 親の老後を看る という孝行の当たり前が崩れている 
 それを助長する制度だって
 何たって家族が大事
 それが世界の基本単位なんだから
 
 二つめは教育勅語の復活
 あれは世界に通用する法なんだよ
 天皇でも誰でもみんな同じ立場で もう一度 
 あの精神を抱いて立ち上がって欲しい
 
 最後はね これはまっちゃんと検討したいと思うの
 憲法改正
 あんたは憲法九条を護ろうとしているけれど
 そりゃ大切だよ 九条は
 だけど独立国家として 軍備がないのはどうなんだろうな
 私はまだ揺れてるの
 それはまっちゃんたちと会ったときに ぜひ話したいと思っているの 
 この三つが叶ったら あたしはいつ死んでもいいと思ってるの


小学校3年から6年までを担任して下さった氏家コウ先生
ご夫婦ともに外出はできなくなったお体ではあるが
親切でかわいい介護士さんたちに助けられ
お二人です〜ぱすぱ煙草を吹かし
もうもうとした煙の中で 毎日新聞5紙を読み
日本を 世界を視野に入れた議論を戦わせておられる

私は先生の覇気に吹き飛ばされないように
必死で受話器を握りしめながら
ノートを取り続けた

春まで どうか おげんきで
by skyalley | 2008-12-16 10:44 | 徳談会日記
徳 談 会 へ のお誘い
徳談会は 八十歳を越えてなお 家庭という社会
あるいは広く一般社会において 
現役でご活躍されておられる方を講師としてお招きし 
若い人に是非このことは伝えておきたいということをお話し頂き 
それを受けて十代から九十代までの参加者と意見交換をする場です 

礼儀や道徳が忘れ去られたかにみられる今日の日本を 
どのように捉えたらよいのか 
信頼を育み共に生きて行くためには 
各自がどのような智慧を活かして暮らしていくことが務めなのかなど 
人生の大先輩方を交え 共に考える場として 
在り続けたいと願い運営しております


私事となりますが 2006年に初孫を授かりました 
ある日 この子に
戦争体験者の話を聴いてきなさいという学校の宿題が出されても 
それはもう叶わないことなのだと気づき慌てました 
自分自身の為に 
そして彼や彼の世代の人の為に何ができるかを考え 
戦前・戦中・戦後を通して生きてこられた方々の体験を直接伺おう 
そのお姿を残しておこう と思い至り始めたのが 
この徳談会です 


韓国では
正月に徳談(トクダム)と言って 
一族の長老が家族銘々に 
その一年心掛けることを授けるのだそうです 
徳談会はその風習に倣って命名しました



講演者をご紹介致します
2007年
①村尾清一氏 88(日本エッセイストクラブ会長)
  「旧制高校の教育」

2009年
② 松浦靖明氏 90(会社員)
   「読書について」
③ 胡 暁子氏 83
   「アジアから見た日本」
④ 原 子朗氏 86(詩人 賢治イーハトーブ館館長)
    「賢治のはなし」
⑤ 品川正治氏 86(実業家 国際開発センター理事)
    「戦争・人間・そして憲法九条」」 

2010  
⑥ 小林善彦氏 83(東大名誉教授 日仏会館顧問)
    「私が見た戦後」
⑦ 岩崎京子氏 88(児童文学者)
    「なぜ こどもの本 書いてるの?」
⑧ 越川禮子氏 84(NPO法人「江戸しぐさ」理事長)
    「いきで素敵な江戸しぐさ」 
⑨ 村尾清一氏 88(日本エッセイストクラブ会長)
    「第五福竜丸事件と原子力エネルギー」
⑩ 石井哲夫氏 83(社会福祉法人嬉泉常務理事)
    「発達障害といわれるひとたち’    
⑪ 成瀬 環氏 80(サレジアンシスターズ女子修道会) 
「戦争と平和を思う」
⑫ 田中芳徳氏77(「かがやく目」主宰)
    「
⑬ 安嶋彌氏89(元東宮大夫)
    「教育勅語と四方山話」
⑭ 鹿野京子氏92(元駒場幼稚園長)
    「平和への努力を 教育の課題」

2011年
⑮ 西村英二氏85(祖師谷国際交流会館責任者)
    「人生山あり谷あり 至る所青山」

⑯ 紀野一義8


以降交渉中


会場  経堂山・福昌寺 世田谷区経堂1.22.1
          (小田急線経堂駅より徒歩五分)
会日  原則として毎年3・6・9・12月の第一日曜日 
        午後1時半より
会費  1500円 
        小学生同伴の方はお二人で2500円 
        八十歳以上の方は無料
申込み 当日までに徳談会会主 高橋まで
          03.6751.0525 
          080,5680.2209  
          uto@juno.dti.ne.jp

  
十代、二十代の方々をもお誘いの上 
ご参加下さいますようお待ち申しあげます
また八十歳以上の方で徳談会にて
講演をお引き受け下さる方がおられましたら
ご紹介下さいませ 
よろしくお願い申し上げます
               
             徳談会会主   高橋由紀子
by skyalley | 2008-12-13 17:00 | 徳談会日記