触ることからはじめよう
by skyalley
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等身大の自分を

一年ほど前に近所のアパートの空き室前に
引越のトラックが停まり作業をしていました
その晩に私が受業をしていたら
玄関に人が現れオットが応対をしました
受業を終えるとオットが「越してきた人からこれ」と言ってタオルと官製葉書を示しました
引越の挨拶にタオルと官製葉書・・・
それもそれほど近い距離というわけでもないのに
ご年輩の方だと拝察しました

私が二十歳で一人暮らしを始めた時 
アパートの一階には大家さんの老夫婦がおりました
アパートの住人が4人と伺ったので頭数分の手拭いを購めてご挨拶に行ったものです
月末には和菓子や花など何か小さな物を添えて家賃を直接持って行きました
土は地球のものなので私有をしようとも したいとも全く思っていないので
それ以来三十年余りアパート暮らしをしてきました
引越が大好きなので十指を上回る数の移動をしていることになります
その間に 同じアパートの住人を誰も知らない というのが次第に普通になってきました

近頃にしては珍しくごていねいに挨拶に見えた方に
お近づきの印にと思い
翌日妹から届いたばかりのパンを少しお届けしました
六十代のご夫婦でした
その晩 今度は奥さんが見えました
そして勉強中であったお弟子さんがいらっしゃることにも気づかないかのように
なぜ「こんなアパート暮らしをすることになってしまったか」という顛末を語られました

それまではご主人が会社を経営し
自分の土地で自分の家に暮らし
孫も含めた長男一家と何の不自由もなく暮らしていたが
会社が倒産し一家は離散
車も数台持っていたが小型車に乗ることになってしまった
宝石もずいぶん売った
生まれて初めてのアパートでの間借り
何もかもが初めてのことばかり
青天の霹靂でした・・・



三十分ばかり堰を切ったように話されました
以前はこんなではなかったということをしきりに言い訳されているようでした
同時にご自分を慰めていらっしゃるようでもありました
しかし過去の華やかな暮らしを懐かしむ思いは深そうでした

その晩を最後に
ときおりでかけていかれるご主人と
玄関近くで鮮やかな服装の奥さんをちらっとおみかけする以外
双方からの行き来はまったくありませんでした
ご夫婦はひっそりと暮らしてこられた一年であったようです

今朝 洗濯物を干していたらその奥さんの声が耳に飛び込んできました
ご友人でしょうか 女性を伴い
明るい声で語り合いながら家に入って行かれました

ようやく現在の等身大のご自分の姿を受け入れられるようになったのでしょうか

今日は五月晴れ
無事に一ヶ月検診を済ませた何の屈託もない孫息子の産着が
軽々と風に舞っています

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by skyalley | 2006-05-31 15:00
「赤ん坊の意志がわかる夢のマシン」

株式会社タカラトミーは2002年2月に
“犬の意思がわかる夢のマシン”として「バウリンガル」を発売
マイクと携帯可能な本体がセットになった商品で
マイクを犬の首輪にクリップで挟みセット
マイクで犬の鳴き声をひろいAD変換
AD変換されたデータを音声データベースにマッチングし声紋による周波数分析を行なう
その結果が本体に表示される

犯罪捜査などでも脚光を浴びている日本音響研究所による声紋データの提供及び声紋分析技術により
犬の感情を「フラストレーション」「威嚇」「自己表現」「楽しい」「悲しい」「要求」の6種類の感情表現に分類
犬とのコミュニケーションがより楽しくなるような商品を目指し
初年度で20万個の販売を見込む
価格は12,800円

分析にかかる時間はデモで行なわれた感じでは、4秒から5秒程度
これからシステムはブラッシュアップされるので より高速になる可能性はある
ただ分析するだけではない
本体にはタイマーがセットされており、何時頃に犬が鳴いたかが記録されている
1日の終わりにはこのタイマー機能を利用し、何時に吼えたかが記録され
「4時頃知らない人が来た。恐かった」といった日記が出力される機能を搭載する
また、飼い主とのコミュニケーションを記録し
仲良し度を星印で表示する機能なども備えている

音声による人間と動物とのコミュニケーションを実現しようとするプロジェクト「ドリトルプロジェクト」の第一弾商品・・・


おもちゃ屋タカラトミーのサイトを開くとこんな記事が掲載されています
発売から6年が経って「夢のマシン」の反響はどうだったのか知りませんし
憤りを憶えるものの興味は全くありません

何故急にこんな話題を持ち出したかというと
大学で特許についての講義を受けてこられたお弟子さんの一人が
「バウリンガル」に似た「赤ちゃんの意志がわかる夢のマシン」を開発して特許を取ろうとした日本人があったが
すでに海外で申請があり却下されたそうだ
という教授の話を「薄ら寒く聴きました」と洩らしたからです

飼い犬の気持ちを知りたいという願いがあるとすれば
その犬に目をかけ手をかける過程を通して育まれるいとおしさに起因していることが不可欠と思われます
時間がかかるでしょう
試行錯誤もあるでしょう
そして飼い主と飼い犬の性格や環境などによって
千差万別の関係が成立しうるはずです
その飼い主にしかわからない飼い犬の言葉
その飼い犬にしかわからない飼い主の言葉
言葉と言うにはあまりにおぼろげであっても
共に暮らすよろこびとなって感じられるはずです
それがあってこそ人間が動物と繋がることができる愉しさだと私は思っているので
「バウリンガル」発売の報道を耳にしたときには
いのちあるものとの生のやりとりを冒涜する商品の出現に白けたものです

そして知らされた赤ん坊用バウリンガルの存在!

今日で生後一ヶ月を迎える長男との暮らしを培ってきた娘は
「あ おっぱいもう少しって言ってるね」とか
「げっぷを出さないとおちおち寝てられないって言ってるよ」などと言うようになりました
その読みが功を奏してすやすやと眠る赤ん坊に頬ずりしながら
「このごろ颯太(赤ん坊)の言ってることが少しわかるようになったよ」
とうれしそうです

関係は相手が人間であれ動物であれ 
こつこつと築いてゆく過程で付いてくるおまけ
肝心要はその過程で注がれるいつくしみです
発売したり星印で表示したりするものではないと思うのですが
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by skyalley | 2006-05-27 01:13
負けるが勝ち
初めての孫息子が生まれてからそろそろ一ヶ月になります

昨年二人の娘がそれぞれ独立してから
私たち夫婦は二匹の猫たちと暮らしてきました
そこへ出産の為に次女のももが戻り
それから一週間後には
おっぱいをぐびぐびと飲み
出すものは出したいときに出したいだけ気持ちよく出し
またおっぱいを飲み
そして夜はとてもよく眠る孫息子の颯太が加わりました
それ以来
私には一日が24分しかないかのように感じる昂奮の時間が流れています

一方で
毎日のお弟子さん達との勉強の場での時間は止まったかのようにゆるゆると流れていて
その二つの時間軸が交叉し合い深く厚みのある暮らしにしてもらっています

人の出入りの多い家なので人には馴染んでいるとはいえ
未知のいきものである赤ん坊という存在が加わったことで
二匹の猫たちにとっては毎日が「?・・・・」の連続の様子です

三世代の人間と動物との家族 
娘自身の友人達と私たち夫婦の友人やお弟子さん達が頻繁に訪れる暮らしから
娘と孫息子はもうすぐ去っていきます
横浜の自宅に帰ってからは一家三人に戻るとはいえ
引っ越したばかりで知り合いもなく 
訪れる人もほとんどない家で
母と子はどんなふうに暮らしていくのだろうか
と案じている自分を案じていたりします

とにかく元気であればありがたいことと思い切りなさい
孤軍奮闘している父を彼がどんなに励ますことでしょう
と思う自分は勝てるのでしょうか
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by skyalley | 2006-05-22 00:51 | ひと
ご夫婦を結ぶ向学心
半月ほど前に晴ちゃんから
「全然できないんだけど英語を勉強したいっていう人がいるの
先生 教えてくれるかな」と訊ねられました
近所で鈴木園芸店をご両親と営む多(おおの)晴子さんです
「どうぞ どうぞ」と言ったら
そばで手伝いをされていたご主人の多さんに晴ちゃんは早速
「ね どうぞって 習いなよ」と声を掛けています
「晴ちゃんもいっしょに教室に来たら」と誘ったら
「私はだめ ほらほら そうじゃないよ とか言っちゃうんだよね
 放っておけなくて すぐちょっかい出しちゃうから
私はいいよ
教室の前まで送っていってあげてもいいけど」

その日の夜9時に夕食を終えお風呂も入ってすっきりされた多さんが
初めて教室に見え とても熱心に学ばれました
帰り際「教室が近いっていいですね
これで電車に乗って とかになるととても続けられないけど
もう帰ったら寝るだけですから」
と久々の勉強を終えた開放感と充実感を胸に去っていかれました

その翌朝買い物へ行く途中で声を掛けられました
晴ちゃんです

前夜 初めて英語の授業を受けられ
帰ったら寝るだけ のはずだったご主人は
家で待ちかまえていた晴ちゃんに「どんな勉強だった?」と根ほり葉ほり聞かれ
勉強してきたばかりの作文を英語で話して聴かせ
教科書の『国語の時間』から出した漢字の書き取り問題を晴ちゃんにも試してみたそうです
二人で漢字の勉強を零時過ぎまでして
その日の朝も食卓で
「昨日の漢字のうちいくつ憶えているか」ということが話題になったとのこと
晴ちゃんは「先生 ありがとね 多クンが勉強する気になってうれしいよ
いっしょに勉強できるって愉しいね
私も漢字だけはいっしょに勉強するから 頑張るよ
多クンをよろしくね」
と晴やかな晴ちゃんでした

彼女自身は週に一度神田にタイ語を習いに行っています
ご夫婦でタイを旅行してとても気に入ってしまったそうですが
旅行先を気に入ったからと言って本当にその国の言葉を勉強すべく
学校に通うようになる というのはよほどの好奇心・向学心です
次回の旅行に備えて熱心に楽しみに勉強を続けていることを折々聴いていました
ご主人も「晴ちゃんの集中力は凄いです
見習いたいと思います」と褒めておられました

今更漢字の勉強したってね という向きもあるでしょうが
私の教室で勉強する方は書であれ英語であれフランス語であれ
漢字の勉強 日本語の勉強から免れられません
面倒がらずに励まし合いながら学んでおられる睦まじい多夫妻を
私はとても頼もしく思っています
by skyalley | 2006-05-17 12:14 | こころへ教室日記
ちょびラ生誕二週間
颯太という五感にここちよい命名をされたにもかかわらず
家ではちょびラは相変わらずちょびラと愛称されています

おかげさまで快飲・快便・快眠の
質素ですが それはそれは内容の濃い暮らしを営んでいます

昨日でコノヨに生まれて二週間を経た彼のそんな様子は
私たち家族を そして
この家に訪ねてきてくださるすべての方々の顔をほころばせ
彼の顔をのぞきこむ人々の気持ちを寄り添わせています

教室で書を学んでおられる最年長78歳の藤原さんは
「不思議ねぇ 
不思議ねぇ 
わたし 本当にそう思うのよ」と
たった今触れたちょびラの手の感触を思い出してか
筆を動かしながら 繰り返しおっしゃっていました

オットとお茶を ということで遊びに寄って下さった近所の留さんが
ちょびラの写真をシャツのポケットに入れていました
写真が折れてしまうから置いていったら? と促したら
「ここに入れていると元気をもらえるから」と笑みました

コノヨに生を受くるまでの数々の必然を思うと
ちょびラを通して見える目に見えないいのちは神々しいばかりです
今 こうしてコンピューターに向かっているその後ろの部屋に
これからのさまざまなひととの出会いを前に
ちょびラは眠っています

仕合わせのたしかでちいさな形です
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by skyalley | 2006-05-12 12:39 | 孫息子・颯太言葉ノォト
新生サイトへようこそ / 千秋さん ありがとう

WATCH + TOUCHのサイトは10年以上前にオットに創ってもらい活用してきました
去年「楽天」のブログサイトに日記を書くようになってから
ホームページという本妻とブログサイトという愛人がいる
いわば二重生活をしていることにずっと不都合を感じていました
特に日記を読みに訪ねてくださる方たちへの配慮を欠いていることは否めませんでした

友人の千秋さんに相談したら
忙しいコンピューター・グラフィックス・デザインの本業の合間を縫って
またご自身の愉しみの時間を割いて
目を掛け手を掛け新たな世界を開いてくださいました

トップに掲げてある木の絵は私がクレヨンで描いたものですが
私がしたことは後にも先にもそれだけ
後はすべて千秋さんにお任せでした
それでいて私の願っていた以上の新しい日記サイトにしていただけたのですから
果報者とは私のことです

木は私の約半世紀のこしかたを現しているといえます
根の方にある項目は主に幼少時の環境や経験や嗜好です
それらが有機的に相互作用しあい
基となって
やがて40歳を前に
私の中で育っていた「木」の姿に出会い
更に木と木が語り合っている「空の路地」の姿に出会ったことで
私の仕事や活動に対する姿勢は
「触ることからはじめよう」という言葉に集約され
「ボタンのようなかかわり」という言葉に象徴されていることを
木は現しています

ひととひとのやりとり
ひとと木のやりとり
見えるものと見えないもののやりとりなど
日々「ことばの教室」や散歩で発見したことをこれからも書き続けます
  
どうぞ折々お訪ね下さい
お待ちしています

by skyalley | 2006-05-10 14:04 | ひと
ちょびらに命名
誕生以来ずっと「ちょびラ」と愛称してきた孫息子が
ようやく命名されました

     颯太 

「そうた」です

産まれてから二日後初めて散歩に行った産院近くの宇山神社の境内で
ちょびラは新緑色の風に迎えられました
それ以来ちょびラの母ももは
「風の付く名前がいいな」と言っていたので
二人で洗濯や産湯のあいまに
ちょびラの父である達朗クンが買ってきてくれた命名の本をぱらぱらとめくって見ていました
そして颯爽の颯の字に出会ったのです

さっそく 「命名 颯太」 と墨書して神棚にお知らせすると
生後二週間のいのちがいっそう明らかになったような気がするのは不思議です

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by skyalley | 2006-05-09 23:51 | 孫息子・颯太言葉ノォト
分けて分けて分けて/『井上ひさしの作文教室』
作家の井上ひさしさんは昭和24年に山形から一家で引っ越して
岩手県一関市の中学生として約150日間を過ごしたそうです
土地の人々に温かく迎えていただいたお陰で
一家が路頭に迷わず何とか生きつづけることができたことに報いようとある講座を開きました

井上さんはその行為を「恩返し」ではなく
江戸時代に遣われた「恩送り」という言葉で表しています

   
「恩送り」とは誰かから受けた恩を、直接その人に返すのではなく、別の人に送る。
その送られた人がさらに別の人に渡す。
そうして、「恩」が世の中をぐるぐるぐるぐる回っていく。


ことだそうです

その「恩送り」の具体的な形として
一関市民の有志が作った文学関連のさまざまな催事を展開している「文学の蔵」の集まりに
井上さんは平成2年から4回に亘って日本語と文章に関わる講座を無償で開きました
そしてそのうちの1996年11月の3日間
「文学の蔵」への141人の参加者を対象とした作文教室の模様が
『井上ひさしの作文教室』(新潮文庫 2004)としてまとめられています

例によってこの本も古書店で最近見つけたので
すでにお読みになっていらっしゃる方もおられると思いますが
私にとって大変役に立つ内容がちりばめられている貴重な一冊でした

私の教室では英語あるいはフランス語を学ぶ人は
誰でも一週間の間にあった話題を持ってくることになっています
大きな出来事でなくても構いません
ようやく芽を出した苗木のことでもいいし
友人にかけてもらったうれしい言葉
とても不思議に思っていることなどどんなことでもいいのですが 
それを人に話ができるように
まず「いつ・どこ・だれ・なに」の情報を簡潔で明瞭な日本語の文に作ります
それからそのことについての思いを書き添えます

ところがこれが誰にとってもなかなか難しいのです

先月から
学生生活を離れて20年以上を経ているCさんが英語を新たに学び始めました
前回は同僚とその息子さんのことが話題です
彼女が準備してきた日本語の文章はこんなふうでした

私の同僚の○○さんの息子さんは10歳ですが、この間夕飯の後にお母さんの手伝いをしました。
「○○クン えらいね」と褒めたら、その子は「うん」と言ったので、お母さんは「そんなときは、そんなことありません、ていうものよ」と言ったら、「僕はほめてくれた人の気持ちをそのままもらいたいから、やっぱり うん て言うよ」と言いました。私は日本人の謙虚さに


ノート上の記述はそこで終わっていました
訳を訊くと「そこから先をどう続けて書いていったらいいかわからなかった」という返事でした

机の上に猫のスズキクンが目をつぶりながらCさんの勉強ぶりを片耳で聴いていました
私はCさんに「スズキクンに話すようにしてみてはどう?」と促しました

たとえば最初の

  私の同僚の○○さんの息子さんは10歳ですが、この間夕飯の後にお母さんの手伝いをしました。

の文章は

スズキクン、私には一人の同僚がいるの
彼女の名前は○○さん
彼女には息子さんがいるの
彼は10歳
この前ね 夕飯の後に 彼はお母さんの手伝いをしました


こんなふうに分けて分けて分けて単純にした文をいくつも積み重ねて
それからできれば
  そして けれど その時 それから というのは
などの接続詞で文を繋げていく
それが話を語るときの基本的な作業だと思うのです

「単純なものを積み重ねていく」ことの大切さは
井上さんの『作文教室』にもこんなふうに書かれていました

一生懸命、書こうとなさって、ひとつの文章にやたら盛り込んで、なんだか訳わかんなくなってしまうことがよくありますから、もう単純に単純に書く。
主語と述語を考えて、主語は消えないか考えながら、単純なものを積み重ねていく。
漱石だってだれだって、文豪はみんなやっていることです。幼稚でもなんでもない。
あなたという、一人の個人に起きた面白いことは、ほかの人にも面白いことのはずだから、それがすーっと文章で伝われば、そこで感動がおきるはずです。
ですから、文章を難しくしよう、難しくしようとなさらないで、とにかく短い文章を積み重ねる。
基本としては、なるべく文章を短く書く。


そして漱石の『草枕』の有名な書き出しを例に出しています

  山路を登りながら、かう考へた
  智に働けば角が立つ。
  情に棹させば流される。
  意地を通せば窮屈だ。
  兎角に人の世は住みにくい。

Cさんに限らず
まず母国語で自分の考えを聞き手にわかりやすく伝えるられるように工夫することは
実は難しいことなのです
それを外国語で
まして語順の極端にちがう外国語で表そうとしたら
自分で長くした一文に表れたたくさんの言葉が頭の中で我先に犇めいてしまい
文章の最初に何をもってきたらいいのやら混乱してしまうのは必至です

まずは起こった事実を要約して的確に聞き手に伝わるように表すこと
それから先にその出来事に対してどう感じたか どう考えたか
というような会話へ発展していくのですが
会話の愉しみにいきつく前に
「単純なものを積み重ねていく」考え方・話し方を身につける練習の大切さを
教室ではもっと強調し励行していこうと『井上ひさしの作文教室』を読み
再確認をしました

『作文教室』で教えて頂いたことはもっともっとあって
本を読まれていない方にもご紹介したいのですが
それはまた別の回にでも書かせて頂きます
by skyalley | 2006-05-07 23:46 | こころへ教室日記
ちょびらへの願い
森の若葉

         金子光晴


なつめにしまっておきたいほど
いたいけな孫娘がうまれた

新緑のころにうまれてきたので
「わかば」という 名をつけた

へたにさわったらこわれそうだ
神も 悪魔も手がつけようない

小さなあくびと ちいさなくさめ
それに小さなしゃっくりもする

君が 年ごろといわれる頃には
も少しいい日本だったらいいが

なにしろいまの日本といったら
あんぽんたんとくるまばかりだ

しょうひちりきで泣きわめいて
それから ちいさなおならもする

森の若葉よ 小さなまごむすめ
生まれたからにはのびずばなるまい




明治28年(1895)生まれの詩人・金子光晴は
69歳で孫娘に恵まれました
その子に与える詩を集めて3年後『若葉のうた』(勁草書房)と題した詩集を上梓
ご紹介した「森の若葉」はその序詩です

昭和19年4月にその孫娘の父親である一人息子乾の徴兵検査がありました
金子光晴夫妻は息子を応接間に閉じこめて生松葉でいぶしたり
リュックサックに一ぱいを本をつめて、それを背負わせ夜中に遠路を駆けさせたり
果てはびしょびしょの雨の中に裸で立たせて気管支カタルの発作を起こさせ
兵隊として使い物にならない状態を作ってごまかしました

翌年疎開先の山梨県山中湖畔平野村にまた召集令状が届きました
同じ方法で息子に喘息発作を起こさせ村の医者に診断書を作ってもらい
招集を一年延ばしてもらったそうです

金子光晴の弟子である茨木のり子さんは『個人のたたかい 金子光晴の詩と真実』(童話屋 1999)に
こう書いています

こうした行為を、エゴイズム、ひきょうと思う人もあるかもしれません。
けれども金子光晴は、はっきりした自分の信念をもち、
自分の愛するむすこを悪虐無道の兵士として外地へ送り
うらみもない異国の人々を殺させたくない、殺されもしたくない、という
一貫した思想からでてきた、とうぜんの行為を、徹底したにすぎません

金子光晴がもっともたいせつにしたのは「個人」というものでした。
国家権力に強制された思想にも、そっぽをむいて、
「自分自身の頭で考える、自分自身のからだで感じとる」という根本の権利を
なにものにもゆずりわたそうとしませんでした。

これはごくあたりまえで、単純なことのようにみえますが、
日本人にとって、もっともにがてなことなのでした。
歴史をふりかえってみれば、その時々の権力に、思考力まであずけっぱなしという例は、
いくつも見つけだすことができるでしょう。
「自分自身の思考力をたいせつにする」という単純で、行いがたいことを勇かんにやってのけた金子光晴は、
だからこそ、人間としても、詩人としても、
まったく新しい日本人のタイプをうちだした人といえましょう。



昭和50年(1975)80歳でこの世を去るまでの人生について
茨木さんはこう言い切っています


金子光晴のしあわせは
かれ自身、自分の手でかちとったしあわせと、はっきりいうことができるでしょう。



この詩集『若葉のうた』は25年前に私が長女を出産した折
実家の父へ贈った本です
金子光晴が44年前に孫娘に詠った

   君が 年ごろといわれる頃には
   も少しいい日本だったらいいが

   なにしろいまの日本といったら
   あんぽんたんとくるまばかりだ


という言葉は
私の願いとして 
その願いの少しにでも力にならんという私の務めとして
今 在ります
by skyalley | 2006-05-05 18:02 | 孫息子・颯太言葉ノォト
かなしい・悲しい・哀しい・・・
看護婦の庄司千佳さんが電話をしてきたのは二ヶ月ほど前です
「あのぉ ずっと前から考えていたことがあるのです」

勤めている病院に来院する患者さんにこのごろ外国人が増えた
日本語を一言も話せぬまま待合室に不安げに所在なげにしているだれかれを見ていて
千佳さんは 声を掛けられたら といつも歯がゆく思ってきた
思ってはきたけれど 
あちらは日本語が駄目
こちらの英語も覚束ない
はてさてどうしよう・・・

試しにこの春志望していた高校に入学した娘の瀬奈に
「あなたはアメリカ出身ですかって Are you America? でいいの」と訊いたら
「えぇ?! おかしいから それ」と言われて取り尽くし間もなし
とうとう「英語を勉強し直すしかないかな」と
教室での書の勉強に加えて英語を と決心されたということでした

あれから折に触れ千佳さんは外国人の患者さんにも話しかけていらっしゃるようです
先日彼女からこんな話がでました

アメリカ人の患者ジョージさんは7歳まで日本で暮らしていたので日本語が話せる
その気安さも手伝って彼に話しかけたら
彼が「悲しい と 哀しい の区別をするのは日本人だけかと思ったけれど
英語にもそれに当たる言葉があることを最近知りました」と話してくれたそうです
千佳さんは言葉の微妙な違いに興味を持っているジョージさんをすてきだな と思った と
授業では自分の考えを簡潔な日本語で表すことを始めたばかりなので
なかなかすてきな経験談の全てを英語で話すことには至りませんが
それでも毎週問いかけてみたい英語の質問や
応えてみたい言い方などを一つ二つと持って帰って
職場で活用をしているようすです

ところで と千佳さんに訊きました
「悲しい と 哀しい の違いって何だろうね」
私も意識をしていなかったことです
千佳さんに漢和辞典を引いてもらい
私は古語辞典を引いて日本語の「かなし」を調べました

千佳さんが辞典を見ながら「悲しい は背中合わせを表す非の形から
二つの物・者が相反することに対するかなしさであり
哀しい は口に衣を掛けている形から
思いを胸中に抑え、口を隠してむせぶようなかなしさ」と
説明をしてくれました

古語の「かなし」は一番最初に「愛し」の文字があてられ 
意味は「しみじみとかわいい いとしい」とありました

千佳さんが話しかけたお陰で
ジョージさんから聞き出せた言葉にまつわる話に刺激されての言葉探検
一緒に勉強をしていた他のお弟子さんたちも千佳さんの説明に納得がいった表情

私は共に彼らと学ぶことができるありがたさをまた味わいました
by skyalley | 2006-05-02 23:32