触ることからはじめよう
by skyalley
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
カテゴリ:ひと( 92 )
自分の面倒をよくみている人    遠藤賢司


元旦にオットに誘われて
初めて遠藤賢司のライヴに行ってから
勉強をしながら彼のcdを聴いている

言葉とおざなりでないつきあい方をしている
そのようなことは彼自身も演奏の合間に話していた
そのことがわかったので不安なく聴いていられる




「純音楽の道」
    作詞・作曲  遠藤賢司  2002



宇宙開闢来150臆年と 躍動するこの俺のリズムで
この『純音楽の道』を のたうち廻って来たんだ
これからも そして瞬く間の99歳は
史上最長寿の純音楽家となる その日まで

  あるいは演奏中に 息絶えるその瞬間まで
  日本人ぶらず 外人ぶらず 素朴ぶらず 反体制ぶらず 詩人ぶらず

ジャズやロックやブルースや フォークやクラシックやテクノや演歌や
ラップやパンク等々と 枠に囚われず
ただひたすらと 俺の心に まっすぐな 音と言葉で

好きだからこそ 孤独で厳しい
この『純音楽の道』を
一人行くよ!  一人行くよ!  一人行くよ! 

でもね例えば 失恋してはトボトボと 思いが叶ってはランランと
怒りにまかせては コンチクショーと
この宇宙に生きる 全ての人々は
このたったの現在永劫を そうそれぞれのリズムで

   時には優しく 時には厳しく
   倦まず弛まず打ち続ける 純音楽家なのだ。。。

そして誰よりも 寂しがりやで 甘ったれの この俺は
きっといつの日か 君との心の韻を より深々と 希求せんものと

期待と不安に・・・魂を奮わせながら
この『純音楽家の道』に
現在永劫と・・・立つ!現在永劫と・・・立つ!現在永劫と・・・立つ! 





思いと考えとが切実に結びつき
その場 その人 その状況に相応しい言葉となって発語する
あるいは沈黙として発語する
「ただひたすらと 俺の心に まっすぐな 音と言葉で」と遠藤賢司は歌う
そのことがどれほど難しいことか

しかし 彼は
「この『純音楽の道』を 一人行くよ!」と決然と宣言し
ステージで あるいは客席を縫って それを体現していた
自分の志の面倒をとてもよくみている人だと
感心しながら 清々しい気持ちで  聴いている 
by skyalley | 2010-01-05 09:55 | ひと
遠藤賢司 歌い初め 聴き初め

新年 おめでとうございます
おかげさまで 
家族揃って
元気でゆったりとした冬休みを
過ごさせて頂きました


1月1日
オットに誘われて
「遠藤賢司 開運厄払い 純音楽歌い初め!」へ
オットが折々演出を担当させて頂いている歌い手
その日は純観客として 南青山まで


開演15分前に着いたが
お屠蘇サービス + 餅入りぜんざい
お雑煮 + 1ドリンク付というどちらかを頂きながら
準備万端のお客様でいっぱい
私たちはお雑煮


3時過ぎ
アンプの大きな箱を背中に担いで
遠藤賢司 エレキギターの 爆音で登場
そしてノンストップで30分以上の「不滅の男」
爆音から立ち上る歌詞がいい  イケル! と直観


   今まで何度 倒れただろうか
   でも俺はこうして 立ちあがる
   そうさ やる時は やるだけだ
   俺は負けないぜ そう 男
     
     * 「頑張れよ」なんて 言うんじゃないよ
       俺はいつでも最高なのさ ああ
       俺は不滅の男 俺は不滅の男

   まるであいつは 勝ち誇ったように
   ついに この俺に こう言ったぜ
   「おい お前も頑張れよ」って
   冗談じゃないぜ 馬鹿野郎
   そうすりゃお前みたいになれるのかい お前はお前
   俺は俺

     *  くりかえし

   年をとったとか そういう事じゃないぜ
   俺が何を 欲しいか それだけだ
   そう 俺は本当に 馬鹿野郎だ
   だから わかるかい 天才なんだ

     *   くりかえし

         (「不滅の男」 作詞・作曲 /遠藤賢司 1979)


約2時間半のソロライヴ
「夜汽車のブルース」では
蒸気機関車の老練な釜炊きの勇姿 熱気 轟音
最後は 「夢を叫べ」
この歌のリフレインが今でも私の頭を巡っている

      
      まるでこの世の何もかも
      嫌になっちまったのかい
      そんな眼をして 又ひとつ
      溜息ばかり
         どをしたんだよ あの夢は
         欠片(かけら)も瞬かぬ
      ソンナ〜夜に 負けるな友よ 
      夢よ叫べ

      ぶっきらぼうに見栄はって
      どんなに強がっていても
      本当はね 誰でも哀しくて
      泣きたい夜だってあるよ
        それでも見なよホラ
        可愛いじゃないか
        涙も知らぬげに
      ソンナ〜夜に 負けるな友よ 
      夢よ叫べ

      いい訳なんかじゃあの夢は 
      騙せやしない
      どうにも真面目なその心
      みじめになるばかり
        そんなお前と夢見てる
        優しいあの娘
      ソウサ〜 ソンナ〜夜に 負けるな友よ 
      夢よ叫べ
         お前がやらなきゃ あの夢は
         二度と瞬かぬ
      ソウサ〜 ソンナ〜夜に 負けるな友よ 
      夢よ叫べ

        (「夢よ叫べ」  作詞・作曲/ 遠藤賢司 1996)




遠藤賢司 3年前に還暦祝いのコンサートを開いていた
オットが遠藤さんの舞台の裏方を務めるときは
いつもその「光栄」さに うれしそうに出かけて行く
初めてその勇・優・悠・友・遊・雄・誘・湧姿を見せて頂いた
温かな元旦の夜 長女夫婦も待つ家へ急いだ


    

      ソウサ〜 ソンナ〜夜に 負けるな友よ 
      夢よ叫べ
         お前がやらなきゃ あの夢は
         二度と瞬かぬ
      ソウサ〜 ソンナ〜夜に 負けるな友よ 
      夢よ叫べ


よりよい一年にしよう



  
   
by skyalley | 2010-01-04 12:09 | ひと
「見られるかな」    :    富士山の霊験



朝8時51分メールが入った
 
件名は 「見られるかな〜」

      千歳船橋駅のホームから真っ白な富士山が見えました

      まるまる見えます

      感動してメールをしました

      では よい一日を



送り主はゴン・ミギョンさん
留学生会館での日本語教室へ行くため
でかける準備をしているところだった


メールから駅のホームでたくさんの通勤客が
しばし富士山に見とれている姿を思い描いた
写真を撮りたいが躊躇しているみぎょんさんの姿も


でかける直前になって自転車の鍵がないことに気付く
ばたばたとあちこちを探してみたが見つからず
孫息子のための椅子が付いた重い自転車で出発


セネガルのウミ・ファイイさんを待たせてしまう・・・
必死で自転車を漕いでいると
小田急線の高架線のその先に偉容の  「富士山!」


でかける一時間前にみぎょんさん知らせて下さったが
慌てていたので 富士山がみえるかもしれない
などと全く期待をしていなかったところへ現れた


みぎょんさんの感動を思った
異国の地で十数年も縁あって暮らしてきた女性のことを
そして共に学ぶようになった縁を思った

f0085284_8395369.jpg


今現在の富士山が見られるサイト「富士山ネット」
http://www.fujisan-net.jp/index.phpより
by skyalley | 2009-10-28 08:36 | ひと
皇后陛下お誕生日に際してのご感想

皇后陛下お誕生日に際し(平成21年) この1年を顧みて 
                 - お誕生日ご感想

丁度昨年の今頃,世界的な金融危機が生じ,日本においても経済の悪化に伴い,大勢の人々が困難な状況に置かれました。職や居住の場所を失ったり,進学の道を閉ざされ,あるいは就職の内定を取り消された人々も多く,この1年,最も案じられたことでした。また,今年前半に発生した新型インフルエンザが,世界規模で広がる可能性を見せており,寒い季節に入るこれから,少しでもこのことによる被害が小さく抑えられるよう願っています。

今年は裁判員制度の導入で,司法界に注目が集まると共に,政権交代という,政治上の大きな変化のあった年でもありました。米国においても政権が変わり,着任から程なく,オバマ大統領のプラハでの演説があり,その中で核兵器廃絶に向ける大統領の強い決意が表明されました。そして今月,ノーベル財団は他の要因も含め,この大統領のとった率先的役割に対し,今年度のノーベル平和賞を贈り,この行動に対する共感と同意を表しました。核兵器の恐ろしさは,その破壊力の大きさと共に,後々までも被爆者を苦しめる放射能の影響の大きさ,悲惨さにあり,被爆国である日本は,このことに対し,国際社会により広く,より深く理解を求めていくことが必要ではないかと考えています。

アフガニスタンで農業用水路を建設中,若い専門家がテロリストにより命を奪われてから1年が過ぎ,去る8月には故人が早くより携わっていたその工事が遂に終わり,アフガン東部に24キロに及ぶ用水路が開通したとの報に接しました。水路の周辺には緑が広がっているといい,1971年,陛下と御一緒にこの国を旅した時のことも思い合わせ,やがてここで農業を営む現地の人々の喜びを思いつつ,深い感慨を覚えました。
今年は陛下の御成婚50年と御即位20年の,それぞれ節目の年にあたり,4月には国内の大勢の方々に,又,7月に訪れたカナダやハワイでも,お会いした多くの方々に金婚を祝って頂き,うれしゅうございました。秋の御即位20年を,陛下がお元気にお迎えになり,御即位に関連する様々なお行事が,滞りなく行われますことを,家族の皆と共に願っています。


 :::::::::::::::


昨夜 友人の唐澤豊さんから
皇后陛下がお誕生日に際してのご感想の中で
被爆国としての日本の役割に
あらためて触れられている ということを
メールで教えて頂いた


同じく豊さんからメールを受けて
岡本おかぽん氏がさっそくご感想の原文を送って下さり
次のような言葉が添えられていた

 ::::::::::::::


天皇陛下もそうですが、過去、皇后陛下のお言葉を拝見いたしますに、それらは、ひとつひとつの機会をとらえ、柔らかく自在にご示唆に富むお話しとなっておられ、それは、私たちの自然な気持ちとも多く合致しているように感じられます。
今回のお話しでも、核兵器のことのほか、私たちが忘れてしまっていた、かの地で殉ぜられた同胞に触れられ、平和であったあちらの時代に思いをはせられるとともに、お気持ちのあるところを伝えられておられます。

民間から皇室に嫁し、今日まで皇后陛下が、積み上げられてきた「徳」の貴さを思い、ひそかにお誕生日のお祝いを申し上げるものです。


:::::::::::::::::::


彼のご厚意に感謝し
また添えられたご意見に私は同意する

ひとりの女性としても敬愛している皇后陛下の
お健やかな一年を蔭ながらお祝いし
一国民としての務めを果たすべく行動しようとの思いを
強くした
by skyalley | 2009-10-21 09:02 | ひと
12歳 本を読めるようになった!

5年生の暮れに隣家に越してきた海人少年
2年生の漢字を読めなかった
母親からの希望で 
すぐにいっしょに勉強を始めることになったが
5年間の遅れを取り戻すには
一週間に一度の勉強ではとても追いつかず
二度でも追いつかず
とうとうこの夏は毎日我が家に来てもらい
ほとんど一日中 国語と算数の勉強に明け暮れた


その積み重ねの「量」に
ある時から「質」が加わり
満を持して ずしんとばかりに沈下した
その行く先が
海人が生まれながらに持っていた「底力」
だったのだと 今思う
突然に本を読み始めた
12月の徳談会の講師でおられる岩崎京子さんの
『建具職人の千太郎』を与えると
訥々とながら読み始めたのだ

  
  おこうが
  鶴見の建具屋
  「建喜」に
  奉公にあがったのは
  十歳(とう)のとき
  でした・・・


先週のことである
それから毎日一章ずつ読んでは
内容を簡約し書き留めている
頼んでもいないのに
「豆知識」などという項目まで作って
興味を惹いた箇所を書き出したりもしている

  江戸湾の湾岸では5月にアジが産卵のために
  たくさんきておいしい  


すでに読書を愉しんでいる
思えば12歳の先週まで
彼は文盲であったのだな と
闇に閉ざされていた彼の知性に
あらためて思いを寄せる


今週の日曜日 
一日中 自分の用事が重なって
私は珍しく海人と勉強をしなかった
翌日 何をして過ごしたかを訊いてみると
母親と姉と公園に行って
敷物の上で3人並び本を読んでいた と言った


母親は物語
姉は携帯電話で小説
彼は以前から集めていた「コナン」の漫画
今まではただ絵を眺めて内容を想像していたが
字が読めるようになったので
面白くてどんどん読み進んだ と言った


今日も秋晴れ
那須から上京していた妹・美智子が帰ることになった
玄関で別れを伝えられた彼女に
そして母親のももに
「ほいくえん いきたくないよ〜」と
また心細くなっていた孫息子・颯太と
海人のことを思っている
よき午後を過ごせよ と
by skyalley | 2009-10-20 12:32 | ひと
いつ どこから どのように 変わってしまったか


土曜日の夜
書とフランス語の学びに来られた絵美さんから
こんな話があり 一瞬胸が塞いだ


先日もまた人身事故で電車が遅れた
やっと出社してきた社員が
「今日は仕事をする気になれません」と洩らした
訊いてみると
事故で傷んだ遺体が検屍されている間
その一部始終を録画したり
カメラのシャッターを押す人たちの携帯電話が
電車のホームにずらりと並んで構えられていた
彼は足早に通り過ぎたものの
いたたまれなかった 
と 


今年の夏
私の家から駅へ向かう途中の家が漏電が原因で全焼した
あれほどの火事だったら
かなりのサイレンが聞こえてもおかしくはない近さであったが
風向きのせいだったのか
私は火事のことを全く知らずにいた



たまたま孫息子と自転車で用事を足しに出かけた途中
遠くに人だかりが見えた
何も気にせずに自転車を走らせると
黒こげの木の柱だけが残っている広大な焼け跡が現れた


どうしたの と問う孫息子にはその場では答えず
さっさと走りすぎたところで
動悸を抑えながら火事があったことを彼に話した
「かわいちょ〜ね〜
  もうおうちでアイスクリームたべられないねぇ」
3歳の子はそう言って同情した


「だれかのお家が火事になったときは
 見に行ったりしないよ
 お家のひとは とってもがっかりして
 とっても悲しいの
 だから見に行ったりしたらいけないね」と念を押した
孫息子は
「おうちでアイスクリームもうたべられなくて
 かなちいからねぇ わかった」と応えた


だいぶ経ってから そこを通りがかった
跡地は新地(さらち)のままだ
孫息子が 「あっ はっぱのあかちゃんがでてるよ!」
と声を上げた
よく見ると被災した屋敷跡の周囲に植えてあった木々の
焼けただれた葉の間から
すでに新芽が吹き出していた
by skyalley | 2009-10-18 22:18 | ひと
独学で7年かけて風力発電に成功


専門学校生で
試験中のオットから
私も彼も家にいるのに
メールが届いた
そして
こんなニュースを知らせてくれた

::::::::::::::::::::::

2009.10.10 Web posted at: 11:55 JST Updated - CNN
ビジネス

《 マラウイの少年、独学で風力発電に成功 7年かけ 》

f0085284_0293851.gif


干ばつに苦しむ東アフリカ・マラウイの貧しい村では、
何もかもが不足していた。
赤土の大地はひび割れ、
作物の枯れた畑をただ風だけが吹き抜ける。
この風を使って、村に電気を起こせれば・・・
そう思い立った少年が、
たった1人で作業に取り掛かった。
それから7年、
村では少年の作った風車5台が回り、
電動ポンプが水を送り出している。

ウィリアム・カムクワンバ君は、
首都リロングウェ北郊の村で育った。
02年の干ばつで、農業を営んでいた父親は収入を失い、
当時14歳だったウィリアム君の学費さえ払えなくなった。
退学したウィリアム君は図書館で時間を過ごすようになり、
そこで風力発電について書かれた本と出会う。
「本に写真が載っているのだから、
だれかがこの機械を作ったということ。
それならぼくにも出来るはずだと思った」と、
ウィリアム君は振り返る。

材料は、ごみ捨て場から拾ってきた自転車の部品や
プラスチックのパイプ、プロペラ、車のバッテリー。
タービンを支えるポールには、森で採ったユーカリの木を使った。
「風車を作るんだと話すと、だれもがぼくを笑った。
あいつは頭がおかしいといううわさが、村中に広がった」

もの珍しげに取り囲む群衆と、
溶かした金属から立ち上る熱気で汗だくになりながら、
ウィリアム君は黙々と作業を続け、
3カ月後には最初の風車を完成させる。
タービンが回り、取り付けた電球に明かりがついた時には
「これでもう頭がおかしいなんて言われないと思い、
ほっとした」という。

7年間で作った風車5台のうち、
最も大きいものは高さ11メートル余り。
地域の学校でも風車作りを教え、
その校庭に1台を設置した。
村人たちは「携帯電話を充電したい」
「ラジオを聴きたい」と、ウィリアム君の自宅をたびたび訪れる。

ウィリアム君の挑戦には、アル・ゴア元米大統領をはじめ、
世界各地の環境活動団体や企業から
称賛の声が集まっている。
AP通信の元アフリカ特派員ブライアン・ミーラー氏は、
ウィリアム君と数カ月間生活をともにしながら取材を続け、
先週その成果をまとめた著書
「The Boy Who Harnessed the Wind」を出版した。
同氏は「紛争の取材ばかりが続くなか、
かれとの出会いは新鮮だった」と振り返り、
「アフリカには、
政府や支援団体に頼らずに自分の力でチャンスをつかみ、
問題解決の道を切り開く新たな世代が育っている。
ウィリアム君はその一人だ」と話している。
f0085284_0111784.jpg




隣人の小学生海人君は
秋休みに入り
私の孫息子・颯太と「天空の城ラピュタ」を観ていて
主人公の少年パズーが作っていた飛行機を
自分で作ろうと思い立ち
一人で大工センターに材料を買いに行っていた

私の教室での毎日の勉強は
数日お休み
手仕事が好きで器用
情に厚くて好奇心あふるる海人にも読んでもらいたくて
彼の父親にマラウイの少年の記事をメールで送った


心底うれしくなる記事はなかなかないものです
オットよ
知らせてくれてありがとでした
試験勉強 はかどるといいね
試験が終わったら誕生日の前祝いをしよう
by skyalley | 2009-10-12 00:21 | ひと
人事を尽くして  / オバマさんの受賞


オバマ氏ノーベル平和賞授賞に賛否
=世界各地で元受賞者ら

 10月9日21時17分配信 時事通信

オバマ米大統領へのノーベル平和賞授賞決定を受け
世界各地で9日、賛否の声が交錯した。
AFP通信によると、2006年の受賞者で
バングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌス氏は
「核問題でもイラク和平でも、
オバマ大統領は世界を正しい道に引き戻した。
平和賞は(これらに対する)力強いメッセージだ」と評価した。

これに対し、1983年の受賞者ワレサ元ポーランド大統領は
「ちょっと早過ぎないか」と驚いた様子。
「オバマ大統領はまだ提案をしている段階なのに」と首をひねった。
しかし「平和賞授賞で(オバマ氏を)支えたいと
ノーベル賞委員会は考えたのだろう」と推測した。

一方、自身も平和賞の有力候補と目されてきた
在外ウイグル人指導者ラビア・カーディルさんはAFP通信に対し
オバマ氏の受賞を喜ぶ一方で
「中国のような専制国家にどう対応すべきか、
平和賞を胸によく考えてほしい」と注文も忘れなかった。

 「イラクもアフガニスタンでもまだ何も変わっていないのに…」
(バグダッドの労働者)と嘆息混じりの反応も。
ロイター通信によれば、イスラム過激派からは
「地球上で最多の核兵器を持ち、
配下の兵士がイラクやアフガンで罪もない市民を
殺害し続けているのに、
なぜ平和賞なのか」と露骨な批判が出た。



私は結果を出していないのに という意見には与しない
結果を出す出さないということが問われるなら
イエス・キリストを始め
多くの宗教者は思い半ばにして斃れた
宮澤賢治を始め 多くの芸術家も然り
今生彼ら自身が望んだ結果を出すことはできなかった
宗教家や芸術家と政治家の 日々を生きる姿勢の間に
差は無いと私は思っている



まず問われるべきは志を掲げたかどうか だ
その志が高ければ 多くの人にそのことがまず伝わり
そこから人々の関心が高まり
賛否を始め 問題解決のための議論もできるというもの
そもそも核兵器の無い世界という「結果」を
どうしてオバマ氏独りで為せるものか


その意味では
ワレサ元ポーランド大統領の
「平和賞授賞で(オバマ氏を)支えたいと
ノーベル賞委員会は考えたのだろう」との推測に
賛成だ
ノーベル賞受賞と言うことになれば
それだけまた人々の関心は高まるからだ


肝心なことは世界に核兵器が無くなることだ
そのためには
利用できる人は利用すればよい
活用できる力は活用すればよい
得てして正論を吐く人は疎まれ消されもする
しかし 肝心要に向かって
尽くせる手は尽くすがいい と私は思う


核兵器を廃絶することで
莫大な利益を失う人々がいるという現実の世界で
暗殺も辞さず
オバマ氏が踏み出した一歩に
私は敬意を表したい
平和を願う世界の大多数のひとが
そのためには何が具体的にできるのかを考えることは
決して絵空事ではないという希望を抱くことができた


人事を尽くすための第一歩だ
その一歩がなければ結果も何もありはしない





 
by skyalley | 2009-10-10 03:01 | ひと
「ゆっくり子育て」講演会へのお誘い


教育に携わる同業の士として
私が敬愛している「悠愉学舎」の海沼栄造先生が
「ゆっくり子育て」を主題とした講演会を開きます

児童書の本屋さん 
そして塾での四半世紀の日々を通し
常にこどもたち そしてその親たちに
こころを寄せてきた海沼さんが
満を持して開催するこの講演会の
盛会を期して ここに詳細をご紹介します



  :::::::::::::::::

    「ゆっくり子育て」講演会へのお誘い
     ~~ 山本ふみこ氏を迎えて ~~
               ≪親がしてやれることなんて、ほんの少し≫

リーマンショックがおきて世界経済不況が深刻化し、アメリカではオバマが大統領とな  り、日本では民主党が政権党になり…というような変化は、私たちが考えている以上に世界史の大きな転換点なのかもしれません。それはとりも直さず、私たちの生活の中の価値観をも見直していくことを意味するような気がします。「早さ、便利さ、競争での勝利、稼ぎの多さ」というようなことに至上価値を置くことによって、人と人の関係がぎすぎすし、心の通い合いが脆弱になり、自己本位的な人間ばかりが増えていったというのも否めない事実なのではないでしょうか。
  経済不況が長引き、低成長の時代が続く可能性が高いなか、経済的な豊かさよりも人と人との繋がりの深さ、真に信頼しうる家族や友人との関係の構築、自分自身と向き合う時間の確保というような精神的豊かさを、幸福の尺度にする方がずっと人間らしいと思います。
  今まで思ってきて実現できなかった「子育て」についての講演会を、今回を皮切りに年に1~2回開催して、若いお母さん、お父さんを始めとする人々と一緒に考えていけたらいいなあと思っています。参加を心からお待ちしております。

日時 2009年11月14日(土) pm2:00~4:00(受け付け 1:30より)

会場 すずらん会館 会議室 地下1F
(小田急線経堂駅 下車 徒歩3分)

参加費 500円 
(事前にチケットをお買い求めください
 高橋の手元にもチケットがございます)


講師 山本ふみこ氏 (1958年 北海道生まれ エッセイスト)
ごく当たり前のような気がしていることをシアワセと気づいて暮らしたいと願っている。
つれあい、娘3人、猫一匹と暮らし、簡素な暮らし、おいしく食べられる生活術を描いたエッセイで読者の支持を集める。
現在、毎日新聞家庭欄に毎週「山本さんちの台所」を連載中。主な著書に、「親がしてやれることなんて、ほんの少し」「食卓の力」「こぎれい こざっぱり」「家族のさじかげん」「食卓のこころ」「普段の暮らしがおもてなし」「おとなの時間のつくりかた」(最新刊)他多数。


:::::::::::::::::::::::::


                               
「親がしてやれることなんて、ほんの少し」は
海沼先生が別に開いているお母さんのための読書会
第5回<樹の会>のテキストとして
2006年12月に使いました
その時の出席者達の感想の一部を以下に掲載しておきます

・「思いもよらない花を咲かせることもある」「心意気だけが頼り」…自分の心の中の善意を、押し付けがましくなく人に分けて生きられたらいいと思う。気概を見習いたい。
・「出る幕」…いつまでも赤ちゃんの時と同じでなく、子どもの人生を邪魔しない距離感覚を養い、実行していくことは必要。
・「線を見極めて」…子どもに線の見極めを求めると同時に、自分でも「どこをしかるか」という線の見極めができていて、すごい。自分は、一度怒るとついくどくどと、しかも全部を否定してしまうので反省。
・「家族を想うように隣人と付き合う」…人を迎え入れることができる人だなと想った。
・「退屈を知らぬひと」…日々の営みを1つ1つ楽しんで生きている姿に感銘。
・自分が今まで人間関係というものについて本当の意味では真剣に考えたことがなかったことに気づかされた。今までは他人の定義する漠然とした「大人」になって、「子ども」に何か教えなくては、と思ってきた気がする。これからは、私個人が自分自身の納得のいく存在へと少しでも変化、成長していくということを、とりあえずの生きる指針にしようと思った。
・自分は人に、「強烈な実感を伴って、感謝する」ことができておらず、「ありがとう」が形式化しているのではないかと感じている。


主催   悠愉学舎
共催   樹の会

連絡先  03-3439-0617  (悠愉学舎)
03-3429-8400  (海沼 自宅)
080-5526-0538 (海沼 携帯)
080−6751−1525 (高橋 携帯)


ご参加をお待ちしております
by skyalley | 2009-10-09 10:52 | ひと
こんな人 求む!   /『孔子』 渋沢栄一著 

『孔子』 渋沢栄一著  三笠書房 1995 より

 
 子曰、君子喩於義、小人喩於利  [里仁篇]

     子曰く、君子は義に喩(さと)り小人は利に喩る



君子と小人とはその心ばせがまったく違う
君には事に臨んで、それがはたして正しいことか、
道理に合っているかということを考え、
それを行動の判断基準とした。
すなわち道義に従って行動した。
これに反して小人は常に私利私欲を考え、
万事につけて利害を目安に行動する。
すなわち利益にさえなれば、
たとえそれが道義に反することでも、
いっさい無頓着だ。

このように同じ物を見、同じ言葉を聞いても、
君子はこれによって道義を行おうと思い、
小人はこれによって儲けようと思う。
その思想には天地の差が生じ
その行為もまた雲泥の差が出てくるのである。

私はどんな事業を興すにあたっても、
またどんな事業に関する時でも、利益本意には考えない。
この事業こそは起こさねばならない、
この事業こそは盛んにしなければならないと決めれば、
これを起こしこれに関与し、
あるいはその株式を所有することにする。
私はいつでも事業に対するときには、
まず道義上から起こすべき事業であるか
盛んにすべき事業であるかどうかを考え、
損得は二の次に考えている。

事業を新たに起こし、またこれを盛んにするには、
たくさんの人から資本を集めなければならず、
資本を集めるには、
事業から利益があがるようにしなければならないから、
もとより利益を度外視することは許されない。
利益があがるようにして事業を起こし、
事業を盛んにする計画を立てなければならないが、
事業は必ず利益をともなうものとは限らない。

利益本意で事業を起こし、これに関与し、
その株を持ったりすれば、
利益の上がらない会社の株は、
これを売り逃げしてしまうようになって、
結局
必要な事業を盛んにすることも何もできなくなるものである。

だから私は国家に必要な事業は利益のいかんを問わず、
道義に従って起こすべき事業ならばこれを起こし
その株も持ち、実際に利益をあげるようにして、
その事業を経営していくべきだと思っている。
私は常にこの精神で種々の事業を起こしこれに関与し、
またはその株を持っているので、
この株価は上がるであろうからと考えて、
株を持ってことは一度たりとてない。


   :::::::::::::::::::::::::::::


渋沢栄一は1840(天保11)年2月13日
現在の埼玉県深谷市血洗島の農家に生まれた
家業の畑作 藍玉の製造・販売養蚕を手伝う一方
幼い頃から父に学問 の手解きを受け
従兄弟から本格的に「論語」などを学んだ

一橋慶喜に仕えることになり
一橋家の家政の改善などに実力を発揮し
次第に認められていった
27歳の時
15代将軍・徳川昭武に随行しパリの万国博覧会を見学
欧州諸国の実情を見聞し
先進諸国の社会の内情に広く通ずることができた

明治維新となり欧州から帰国
1873(明治6)年に大蔵省を辞した後
一民間経済人として始動
「第一国立銀行」の総監役(後に頭取)を皮切りに
東京ガス 東京海上火災保険 王子製紙 秩父セメント
帝国ホテル 秩父鉄道 京阪電気鉄道 東京証券取引所 
キリンビール サッポロビールなど
多種多様の約500の企業設立に関わった

また
東京慈恵会・日本赤十字社・癩予防協会などの社会公共事業
一橋大学・早稲田大学・二松学舎大学・国士舘・日本女子大学
東京女学館などの教育機関 約600の設立・支援に尽力した
関東大震災後の復興のためには大震災善後会副会長となり
寄付金集めなどに奔走した

三井高福・岩崎弥太郎・安田善治郎・住友友純・
古川市兵衛・大倉喜八郎などといった他の明治の財閥創始者と
大きく異なる点は
「澁澤財閥」を作らなかったことにある
「私利を追わず公益を図る」との考えを生涯に亘って貫き通し
後継者の敬三にもこれを固く戒めた
他の財閥当主が軒並み男爵止まりなのに対し 
澁澤一人は子爵を授かっているのも 
そうした公共への奉仕が早くから評価されていたためである
1931(昭和6)年11月11日 91歳の生涯を閉じた

彼は豪農の長男として生まれた
私腹を肥やすこともできた
しかし そうはしなかった
なぜか

『論語』が彼の座右の書であったから
道徳と経済を合一させられたひとだという
そしてそれを実践しおおせたひとだという
そんな人が実在したのだ

こんな「心ばせ(心馳せ: 心遣い)」の君子を 
今 
求む!
いなければ
育てねば!!


f0085284_10395852.jpg
               澁澤榮一
by skyalley | 2009-10-07 10:26 | ひと