触ることからはじめよう
by skyalley
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「潔くもらってください」 
ご近所の竹井ご夫妻をお訪ねした


10月8日 奈良で開催された「遷都1300年記念祝典」
その舞台演出に携わったオットを労おうと
ご夫妻は 是非お食事に とお誘い下さった
「大変差し出がましい申し出ですが
 式典の大成功に貢献なさった浩さんからね
 お話を聴かせて頂けるのを 楽しみにしております
 不躾な言い様ですが 
 もしおよろしければ 遠慮無くおいでくださいませね」
奥方は恐縮しいしい そう仰った


祝典のための二年間の準備期間
本番前の10日間の不眠不休に近かった日々から
オットが何とか復調し
学校の試験も終え 少しは人心地付いたところで
お言葉に甘えて 夫婦でご馳走に呼ばれた
場所は八幡山駅からすぐの料理屋「かわしまや」
http://www/kawashimaya.info/
店の主人夫婦の客あしらいを始め
料理も 盛りつけも 雰囲気も
すべて竹井ご夫妻ご贔屓とわかる店であった


翌週 小用があってお訪ねすると
会食の折に竹井氏自らが歓談の様子を撮影した写真を数葉下さった
「それにしても簡単なものだねぇ デジカメ ね」
そう言い残して 階上へ上がって行かれた
竹井氏 92歳である
私は付いて上がりたいような気がしたが
奥方は「だいじょうぶ」と目配せなさる
やがて何かを手にして降りてこられた


「う〜〜〜〜〜ん  何てカッコイイ!」
思わず奇声を発するほどの威厳ある8ミリカメラだった
とはいえ 器械音痴 ただ形からそう言うしかなかったが
氏は 「ニューヨークに駐在していた1950年頃に買ったの
BELL & HOWELL
もうフィルムがないから使うことは出来ないけれど
これでね よく撮ったのよ 家族をね・・・」
カメラを撫で回しながら 「よく撮りました」  


手に乗せて頂くと ずっしりと沈むような重さだ
両手に持ち換える
シカゴ製
文字盤もレンズ類も 革の装備も 何もかも重厚だ
小さいながら威風堂堂
心が引き締まるような存在感
このレンズは よい物しか見ていない
ご子息達の成長や 50年代のニューヨークのお召し物の奥様
花好きの氏はセントラルパークの向かいに住んでおられたと聞いた
きれいな物や すてきな一瞬しか見ていないレンズだ


慣れた手つきでフィルムケースを開けて見せて下さりながら
氏が仰った
「息子にね これどうしよう って言ったんだが
 彼は余り興味がないんだね こういう物には
 おやじ インターネットのオークションで売ってみるか
 と言うんだが 何だかね それもね・・・」


すると 氏の隣に座っておられた奥方が 
くるっとご主人の方に向き直ったかと思うと
「おとうちゃま! これ由紀子さんに貰って頂きなさい
 あなたの愛機なのだから 今は使えなくなったとしても
 あなたが大事にしていたという気持ちは
 浩さんと由紀子さんなら そのまま受け継いでくださるから
 ね そうなさったら?
 もし由紀子さんさえよかったら
 ごめんなさい 勝手にこちらだけでこんなこと決めて」
氏 間髪を入れず 「うん それはいい考えだね!」


慌てた
オットはともかくも 写真など押して撮るだけしか知らない私に
どうしろと仰るのか
「いえ! いえ!! いいえ!!! 有り得ません
 もうしばらくお手元に置いておかれてはいかがですか
 何かよい案が見つかるかも知れませんし
 活用できる方が現れるかも知れませんから」
精一杯お断りした


「いや もう決めたの
 二束三文で どこの誰だかわからない人の手に渡るのは切ない
 こんな重たっつらしの それも使えない物を押し付けられて
 あなたもお困りになるかも知れないけれど
 僕の気持ちを受け取って頂ければ 本当にありがたいの
 由紀子さん
 潔くもらってください!」


胆を決めた
「はい では潔く頂きます」 両手で押し戴いた
あらためてその重厚さを体に感じた
きちんとしていて すきがなく 威厳がある
その上に温かく 懐かしい・・・
端厳な竹井氏そのままを カメラに感じた

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その時 私の携帯電話が鳴った
鞄から取り出そうとして 余りの軽さに取り落としそうになった
その「軽薄短小」を愛用している私の前に
BELL & HOWELL は置かれた


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by skyalley | 2010-11-10 09:39 | ひと
  つれそって

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難しい病を得られたご主人と
八王子に暮らす友人に電話をした
話すにしろ まして会うにしろ
互いになかなか好機が得られぬが
それでも声を聴かせて頂くのはうれしい


話している途中で 一瞬笑みの含まれた声に変わった
そのまま互いの近況など語り合っていたら
ご自身の目の触りでそろそろ病院にでかける時間だ と
たいそうな雨なので運転は気をつけて と声を掛けたら
こんなことを仰った


「今 おかしいのよ
 外出はできるだけ控えなければならない病気なので 
 ふだんは家で静かにしている夫が
 僕も一緒に行って どこかで時間を潰そうかな と言いだしたの
 そうしたら 何を着ていこうかと
 さっきからわたくしの目の前でね
 ひとりでファッションショーをしていたわけ」


60代と70代のご夫妻 半世紀以上を共に生きこられた人生
そしてお人柄が十分に忍ばれる
ご主人様のご容態の安定を
ご看病の友人のご自愛を祈って電話を切った
自分の声の余韻が残るほど 涼やかな雨の午後だ
by skyalley | 2010-09-16 14:54 | ひと
 田坂広志氏 「問いそのものが旧い」

先日NHKの番組「MISSION」を観た


《 貧困や格差、人権の抑圧、環境、エネルギー、食糧・・・
世界には、解決困難と信じられてきたたくさんの課題があります。

「地球ドキュメント ミッション」は、
こうした課題を解決しようと「ミッション」達成に挑む人々が
立ちはだかる「壁」を突破する試みを、
密着ドキュメントで追います。
そして、「突破口」となる経験やアイデアを幅広く募り、
スタジオで当事者にぶつけてゆきます。

ひとりひとりの力が集まれば、「世界は変わる」―。
多くの人々の力を結集し、ミッション達成を後押ししていきたい。
番組に込めた、願いです。》
MISSIONの番組紹介にはこのように記されている

司会者は
「NHKニュース10」「サンデースポーツ」などの司会を務め
2008年3月NHKを退職されたアナウンサーの堀尾正明氏
その日 ミッション・マスターとして登場している田坂広志氏は
多摩大学大学院 教授
「社会起業家」を支援するフォーラムを主催
8000人の社会起業家を束ね、社会変革に取り組んでいる
経済一辺倒の考え方に代わる
新しい時代の生き方働き方を提唱する思想家


私が観たのは 
「イギリス 移民女性を貧困から救う」であった

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《イギリス有数の貧困地区、ロンドン東部のタワー・ハムレッツ。
バングラデシュなどのアジア諸国や、
ソマリア、ケニアなどのアフリカ諸国からやってきた移民たちが多く暮らす。
言葉や文化の違いから仕事につけず、失業率も高い。
中でも女性は、経済活動にかかわることがなかなかできなかった。
そんな女性たちの自立の道を探り、支援していくのが今回のミッション。

このミッションに挑むのは、
協同組合アカウント3の創設メンバー、トニー・メレデューさん。
活動開始から、およそ20年。
英語教室に始まり、
保育士などを養成する職業訓練、雇用創出など、
2万人の移民女性など、
助けを必要としている人たちにサービスを提供してきた。
中でも力を入れてきたのが、
これまで家庭に押し込められてきた女性たちの
無担保小額融資・マイクロクレジットによる起業。
これまで数百人もの女性の起業を助けてきた。》
(番組紹介サイトより)



そんな様子が映像を通して伝えられた後
司会者が質問を発した
「田坂さん こういった活動の経済的効果は どうでしょうね」
それに対しての田坂氏の応えのあらまし


そのような問いそのものが旧いのではないか
雇用が GDPがというパラダイムそのものが旧いと思う
アカウント3の創設メンバーたちは
政治家のように社会を 世界を変えようということを目論んで
活動を開始したのではない
目の前にいる苦しんでいる人をどう助けるか
一人でも多くの女性が希望の職につけるようとする努力
自分は何が出来るだろうという工夫
移民一人一人に対するきめ細やかな創意工夫
それはある意味のアートです
そしてそれに対する COMPASSION(共感)や
ENCOURAGING(励まし)が
結果的にはうねりとなって国を 世界を動かす





「パラダイムそのものが旧い」と田坂氏が発言された時の
司会者の顔には複雑な色があった
番組紹介にもあったように
このMISSIONは《ひとりひとりの力が集まれば、「世界は変わる」》と掲げている
「世界を変える」という大上段に構える視点からではなく
その「ひとりひとり」の活動に焦点を当てる番組である


パラダイムとは
「その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想」から
「旧態然とした考え方」という意味まで
含みが多い言葉ではあるが
あの番組司会者として適切な問いであったとは思えない
田坂氏の指摘には説得力があった


司会者は最後に田坂氏に
アカウント3の代表者に贈る言葉を と投げかけた


「If you light up a small corner of a society,
  you are the treasure of the society.」
一隅を照らす これ国の宝なり」(最澄のことば)

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by skyalley | 2010-08-20 15:37 | ひと
「二重被爆 ヒロシマ ナガサキを生き抜いた記録」


8月7日 テレビで
「二重被爆 ヒロシマ ナガサキを生き抜いた記録」を観た


番組解説によると・・・


今年1月、長崎市でひとりの被爆者が亡くなった。
山口彊さん93歳。
広島と長崎に投下された原子爆弾
双方に被爆したきわめて稀な人物である。

「二重被爆者、山口さん亡くなる」は、
ニューヨークタイムズ、BBCなど世界中のメディアで報じられた。

被爆後、60年間にわたり経験を語ることのなかった山口さんは、
息子を原爆症で亡くしたことをきっかけに、
89歳で語り部を始めた。

山口さんの最後の5年間を記録した映像からは、
悲惨な体験を思い出し慟哭しながら原稿を書く山口さんの姿、
初めての海外渡航を決意し国連で熱弁をふるう姿、
地元の学生たちに優しく語りかけた姿が記録されている。

なぜ二度被爆したのか、
なぜ沈黙し続けたのか。
そこには被爆者しか理解しえない深い悲しみがある。

「原爆の炸裂した瞬間を、
91歳になったいまなお、何度も思い出す。
熱線に灼かれ爆風に身をもがれ、
幽鬼のように逃げまどう人たちを私は二度見た。
そして、放射能を含んだ黒い雨に私は二度、うたれた。」

俳優の仲代達矢さんの朗読と、
ご本人のインタビューで、その悲惨な人生を、
被爆当時から再現映像を交えて描いていく。

http://www.nhk.or.jp/war-peace/swf/telemapplayer.swf?v=v100807_2000hv


アメリカ人の学生に
「そんな体験が育む憎しみがあるはずなのに
私たちに話すことができるのは なぜか」と問われて
山口さんは
「あなた方も人間です
話せばわかると思っています」と応えられた



勉強の合間にいっしょに番組を観ていた中学一年生の海人
その日の昼間
 LEGOのロボット製作場で半田鏝(はんだごて)を使ってきた
「やじゃない? あんなの(二重被爆)
だってさ 今日ね 半田使っててみんな火傷してたけど
それはさ おっとぉ〜! ってなっても
その時だけだし あとで治るじゃん
それに自分のうっかりミスでしちゃったことでしょ
でもさ 被爆するなんてさ 
あの人は何にもしてないのに あんなことになっちゃって
それであの人だけじゃなくて 
周りの人もいっぱい大変なことになっちゃったんでしょ
えぇ・・・と 原爆落ちてから何年だっけ?
65年? ええっ 65年も?
65年も みんなずう〜〜っと嫌な思いしてきたんでしょ」


もしもあのお爺さんに会うことがあったら
海人 何て言う? と問うと
「え?! 会ったら? ん〜〜 かわいそう・・・?」
「あの人は可哀想と思ってもらいたくて
癌で入院してからも 色々な人に話をし続けたのかな」
「ん〜〜 ちがうな・・・
原爆はだめ ってことだよね
ん〜〜 もしも会ったらぁ?
原爆を使わないような方へ持っていきます かな」
「何を持っていくの?」
「ん〜〜 世界を・・・?」
「ほぉ すごいね 世界を動かすんだ」
「ん〜〜 それは無いか
オバマさんみたいになんなくちゃね 
じゃ 原爆を使いません かな」
「誰が?」
「ぼくが?」
「私に訊いてるの?」
「うぅん ちがう 僕は使いません だ
絶対使いません? 
あ 先生 《絶対》は死ぬこと以外に無い って言ってたよね」
「いいんじゃない そういうときは
原爆を使わない という考えや態度に
揺れがあってはならないんだから」
「ふぅん そうか じゃ 僕は原爆に絶対反対しますって言うのは?」
「そうだね 一人一人がそう思って 
その考えで行動するのが基本だね
山口さん 喜んでいるよ 
海人少年がそう決心したって知って
さ 勉強 勉強」
「え! やっぱりやるの?!」


「二重被爆 ヒロシマ ナガサキを生き抜いた記録」
8月15日(日) 午後1時半からBShiで再放送される
by skyalley | 2010-08-09 16:10 | ひと
南直哉氏講演 「それがなかったらアウト」

29日夜 新宿の紀伊國屋ホールで
青森恐山の山主代理
南 直哉(じきさい)氏の講演会があった


曰く
「仏教では
 人生はせつなくて哀しくて苦しくて辛いものと断じている
 ならば 
 最後まで勇気を持ってどうやって生きるか
 これが大切です」


「幽霊はいてもいなくてもどうでもいい
 が 魂は他者との関係の中でしか育たない
 だってそうですよ
 そうでしょう
 どうみたってそうでしょう」


「(息子を観ていて)私が思うに 
 赤ん坊が笑うのは
 あれは よろしくねぇ と 媚びてるんです
 遺伝子のレベルで そうするようになっているんです
 これでかいですよ」


「魂の種を植えてくれるのは母親です
 ただ ぼろっと 人は
 これほど無意味で無力に生まれてくる存在です
 親や身近な人に よく生まれてきました という受け皿
 これが無くて
 知らないよ といわれたらアウトです」


「母親の《愛情》という物凄い権力で
 あなたのことは私が一番よく知っている と育てられた子
 独裁者の父親に育てられた子
 互いに愛している 愛されていると思っているが
 言うことをきいたら という取引上の関係です
 こどもはやがて 荒れる か 引き籠もります」


「誰かに そこにいてくれるだけでうれしい と
 言ってもらわない限り 
 人は生きていけんのです」


大きめの扇子を使いながら
講談師さながらの南氏の講話は 
実に説得力があり
同行した長女と共に満足して帰途に着いた


なおこの時の講演録を基に
来年新潮社より新書として刊行予定とのこと
それにしても 書いて良し
(「恐山あれこれ日記」 http://indai.blog.ocn.ne.jp/)
話して尚良し の南氏であった
by skyalley | 2010-07-31 11:35 | ひと
同志


先日 友の公子さんと
那須に暮らす妹の家へ行った
2度目の訪問 2度目の宿泊

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真下の畑で作られた野菜を主にした料理のレストラン OUR'S DINING で 
山羊さんも気が向くと食事
少し食べてはまた周囲の緑を愛でる



前回お連れできなかった湯治場は
地中へ3階ほど下ったところにある


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公子さんはカメラを持ち込んで
私たち姉妹を撮って下さった
「風呂場にカメラを持ち込む人は少ないから
写真はあとでいつもみんなに喜ばれるのよ」 と

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 なるほど 至福


公子さんは 妹を「美智子ちゃん」と呼びならわし
妹が案内するところに信を置いて 同行し
数日を愉しんで帰京された
進んで関わりを持とうとする者同士
本当に信頼できる友同士が繋がることをしみじみ味わった


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それにしても
7月初めの那須行きであったが すでに高温多湿 
朝夕長袖を羽織らなければ という高地特有の涼味は
年々失せてしまった と妹
妹が暮らす黒磯は たまたま天皇家の避暑地の一つだが
土地の人も「冷房をいれなければ・・・」と嘆じているとのこと
黒磯も そんな土地に変わりつつある


しかし 亡父と共に移り住んで10年
妹は 山の暮らしになど全く知らぬ存ぜぬから始めて
稼業のパン屋A TABLE!の活動や日々の暮らしを通して
那須のすばらしい友や自然との関わりを結んできた
東京での暮らしから ちょっと息抜きを
という時に よきたしなみを持つ友人達にとっても
至福の場を築いてくれた妹に
感謝と共に あらためて尊敬の気持ちが湧く
by skyalley | 2010-07-29 10:12 | ひと
猫ホイホイ の 佐々木家


先日 教室が急遽 子猫のお見合い現場となった
その様子は先週ブログに書いたが
捨て猫を里子に出した佐々木家では
まだ昂奮さめやらぬご様子だ


そもそも 佐々木英豊・明世ご夫妻
そしてご長男の宗歳氏・ご長女の彩(さえ)さんご一家は
実によく猫に好かれる
今までも何十匹と捨て猫を世話してこられた


この辺りの猫の世界では
「佐々木さんの家に行けば だいじょうぶ」
という暗黙の了解がなされているとしか思えない
しかし栃木に転勤された宗歳氏も捨て猫を救っておられる


土地ではなく やはり佐々木家のひとびとが
猫を引き寄せる何かを発しておられるのだろう
この前も 救われた猫がいて鰺(あじ)と名付けられた
その後に拾われた子分の子猫とよく遊んでいたそうだ


二匹の子猫が無事もらわれていった翌日
オットの指圧を受けに来られた明世さんが苦笑した
「ここへ来るときにね 農家で野菜を買ったの
 そしたらそこのご主人が さも困り果てたように言ったのよ」


     あ〜 猫が5匹もこども産んじゃって
     奥さん もらってくれないかなぁ
     参っちゃってるんだよなぁ・・・
     ちょっと見て行ってよ


その前日 やっとの思いで二匹の猫を送り出した明世さん
「ちょっと胸がいっぱいで・・・
 顔は見ないことにしたの
 帰りにグリーンクロス(動物病院)を紹介するわね」


昨日彩さんから写真と共にメールが届いた
   ブログ拝見しました。
   嬉しいながらも、子猫との別れを思い出し、
   ひとりホロリとなりました。


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     我が家の鯵は、遊び相手が居なくなって
     寂しそうにしています。
     一緒に寝る相手も居ないので、
     グレープフルーツと。
by skyalley | 2010-07-08 08:09 | ひと
親子二代の展覧会


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いきなり夏陽となった日の午後
日本エッセイストクラブの村尾清一氏と共に
戸河里美穂さんと婦美お母様の作品展に出かけた
表参道kiddy landの裏手 北川画廊
http://www.gallerys.jp/town/tokyo/kitagawa


美穂さんは 「旅の残像」
お母様の婦美さんは 「傘寿のあそび」と名付け
それぞれに版画や陶芸 篆刻作品を展示販売

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       各々の作品について紹介するお二人


美穂さんは高校の英語クラブの一年先輩だった
中学校で 英語の時間の日本人教師と
テープレコーダーに吹きこまれた外国人の英語しか
聴いたことの無かった私にとっては
目の前の年の変わらぬ日本人の女学生が流暢に話す英語に
仰天し とても憧れた
それ以来 ニューヨークに育った美穂さんのように
あんなふうに英語を話せるようになりたい と思ってきた


村尾氏には
「美穂さんは 私の憧れの人です」と話してあったので
画廊に着いて 婦美お母様 美穂さんの姿を認めるなり
氏は「高橋さんが  美穂さんを憧れの先輩だ と
 いつも話しておられますよ」
と 伝えて下さった


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お母様は
私の両親が生前営んでいた小さな乾物屋のお客様の一人だった
 「あなたは気が利いて
  忙しいときにはよく手伝ってくれるのよ と
  お母さんが話していらしたわよ」
事実は全く異なるが
生前の母を見知って下さっている数少ない方から
母の言葉を伝え聞くのは嬉しかった
 

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            親子三代
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ニューヨーク在住の妹さんも駆けつけ
ご家族が一丸となって展覧会を支えておられることがよくわかった
美穂さん・お母様のご人徳で多くのお客様が次々に・・・


展覧会は16日(木)まで 最終日は午後4時
北川画廊を予約をしようとしたら すでに一杯で
この一週間だけが ぽっかり空いていた
それが4年前のことだそうだ
あと3日 美穂さんのご家族には
画廊での充実した時間を過ごして頂きたい
by skyalley | 2010-06-15 11:54 | ひと
トランク一つで出直す


巴里に暮らす友から電話があった
携帯電話では名乗らないが
家の電話だったので 「はい 高橋です」と事務的に出たら
「う〜い〜〜 まだむ た〜か〜は〜し〜!」と返ってきた
「まり・ぴえ〜〜〜る〜〜!!」


この半年の間に
私は家の電話 携帯電話の番号
そしてメールアドレスを変えざるを得ず変えていた
そのことを ふだん手紙のやりとりだけで交信してきた彼女に
伝えていなかった ということを忘れていたのだ
時間を作り ゆっくり便りをしようと思っていながら
延ばし延ばしになり ようやく先日 手紙を書いた


びっくり! 奇跡! 生きていたのね!
そんな書き出しの返事がすぐに返ってきた
メールを出しても 電話をしても 音信不通だったので
てっきり引っ越してしまったのかと思い
こちらも手紙を出さぬままでいた
よかった また繋がった!
28日に電話するから 待っていて
そう書いてあった


そして予告通り掛けてきて 一気に喋った


最愛の人をと3年前に死別したことの喪失感
死亡に伴う不動産関係の事務的・経済的な問題
仕事の上でのつまづきから生じた経済的な問題
それらをすべて克服した
新たな一歩を踏み出すために 家中の全ての物を売り払って
トランク一つで新しい人生を踏み出すところ


今 箪笥やベッドなど大きな家具に売値を書いた札を付け終わった
これから小物と格闘する
巴里市内の新聞に公示し
一週間 家を開放し 買い手を募る
そして6月末には この34年間住み慣れた家を出て行くの
自分でも信じられないけれど
とてもせいせいとした気分


目標はトランク一つよ
どこへ引っ越すのか全く決めていないの
ここを出るなんて とても不思議な気分
でも楽しみでならない
わかったら住所を知らせるから
そちらの様子も知らせてね


私が相づちを打つと それを遮るようにして
「やっぱり いいわ ユキコと話すのは やっぱり いい!
いっぺんに話したら勿体ないから また掛けるわ」
そう言って 再びの繋がりを喜んでくれた
来週の水曜日に また掛けるから
そう言い残して 笑いながら電話を切った


彼女のアパルトマンにオットと共に
あるいは一人で 幾度泊めてもらったことだろう
軋む廊下の木の床
こじんまりと機能的で清潔な台所
シャンパンからバンドエイドまで 有機的に収納された物置
地方都市から出てきた彼女が
結婚し二度目に暮らした住まいだった
息子が独立し 娘が独立し 夫が旅立ち そして独り暮らしとなった
部屋のあちこちに見られる彼女らしさを写真に撮った
東京に帰ってから その暮らし方 生き方を真似した


マリ・ピエール・パイヤール
もうすぐ65歳
尊敬する彼女が
巴里で
今も
人生を織っている



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by skyalley | 2010-05-29 22:24 | ひと
NHK交響楽団 定期公演 へ・・・!?


先週の金曜日 夜9時過ぎ 電話が鳴った
懇意にして頂いている方からだ
「お勉強中?」
「はい でも大丈夫です 何でしょう」
「あのね 急なことで申し訳ないんだけれど・・・・」


どきっ
お相手は92歳
いつもならお休みになっている時間だ
先日の88歳村尾清一氏の突発的なお怪我のことを思った
こんどは何?


「あのね ●●がね・・・・」
と おつれあいのお名前
 あらら 奥様に何が?!
「●●がね N響の定期公演にね 急な用事で行かれなくなっちゃったんでね」
「お怪我ですか」
「いいや そうではないの 本人はおかげさまで至って元気 心配ご無用
 コンサートにね あなたに是非 代わりに行ってもらいたい 
 ということなんだけど どうかしら
 今日の明日では とてもご無理と思うのだけれどねぇ」


ふぅ・・・・
ご夫妻ともお元気なことがわかって安堵する
それにしても明日の夜
しかし音楽会!
電話の途中で手に取っていた手帳を見る
何と授業の予約が入っていない!!


「行きます!  行かせて頂きます!」
「えっ 行って下さるの?
 あなたはお仕事があるから 絶対に駄目でしょう と言っていたのだけど
 そう 行って下さる
 よかった よかった」
切符を取りに伺う約束をし 電話を切った


イノナカノカワズ は
音楽会の会場であるNHKホールへなど行ったことがない
オットに電話をして場所を教えてもらう
すぐにメールが返ってきた
「楽しんでおいで」 


武満徹の「ノスタルジア」
ブルックナーの「交響曲第七番ホ長調」
頂いたお席は前から6番目のほとんど中央
左に座っておられたのは50代と80代とお見受けする母と息子
右は70代のご夫婦
休憩時間に白ワインを注文し 戸外で煙草まで吸わせて頂いた


カワズにとって
エアポケットに入り込んだような一夜でありました
ありがたや
ありがたや


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中学に入り初めての中間試験に臨んでいる海人少年に
私が遊ばせて頂いた分を
しっかりお返ししようと
今夜も 彼を奮闘させることに奮闘している
by skyalley | 2010-05-17 23:05 | ひと