触ることからはじめよう
by skyalley
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書き順なんていりません?!

7月から務め始めた留学生会館での日本語教室
今日の午後はカンボジア人のブンナットさんが
私の教室に出向いて勉強に来られた
彼は奨学金を得て 東大の文学部に所属している
誰にでもわかる日本語の教科書作りを博士号の課題とし
来年帰国したら 故郷のプノンペンで日本語教師を と励んでいる


初めて共に勉強を始めたときから気付いていたが
ブンナットさんの平仮名の書き順がどうも怪しい
ほとんどといっていいくらい長い画を先に書いている
午前中に見えたセネガルのパパ・エリマンヌさんも
ホンデュラスのカロリヌさんも
そういえばそうだった


パパさんは社会心理学
カロリヌさんは歯科衛生学の教授を目指しておられるが
ブンナットさんは日本語教師を ということであるなら
前者のお二人と違って
お手本として彼の書いた文字を 彼が書いたように
生徒達は学んでいくことになる


ワークブックでの文章問題を一通り解いてから
ブンナットさんに書き順について
どう思っておられるかを尋ねてみた
「いらないです 書き順 私の教科書に書かない」
でもあなたは手本を黒板に書くこともあるでしょう
それでもだいじょうぶかなぁ 彼は苦笑いをした


「必要ない 難しいです 書き順」
私は自分で作った平仮名用教科書を彼に見せ
今度は 平仮名が漢字から出来たことを
ご存じかどうかを尋ねてみた
「知りませんでした」 
おやおや 大学教授は何を教えているのだろう


彼が 「う」や「え」という字を まず長い画を書き
その後に 一画目に書くはずの点を書いていることを
ご自身で確認してもらってから たいていの外国人が 
長い画から先に書いて 点は添え物のように書く
という事実を伝えた
ブンナットさんは だから? という表情で聞いている


平安時代に仏典を通して中国から伝えられた漢字は
男専用の文字で女性が遣うことは許されていなかったこと
女性の表現への情熱が 漢字から平仮名を創ったこと
たとえば 「う」は「宇」から 「え」は「衣」から と
漢字から平仮名へ 少しずつ変化する様子を書きながら
私は説明した


彼に「宇」を書いてもらった
うかんむりを書くとき 点から書き始めたので
「宇」という字を母に持つ子の「う」は 
母の姿と書き順を受け継いでいるという必然も話した
きれいである必要はないけれど
母のDNAを持った子としての平仮名であることは大事なの


漢字を中国の人から頂く前 日本人は文字を持っていなかった
すべての平仮名は漢字がなければ生まれ得なかったのだから
平仮名を書くときには 漢字を伝えてくれた中国の人への感謝や
多くの書籍を命懸けで持ち帰ってくれた日本人への感謝を
常に忘れないためにも
書き順に対しては従順になってほしい とブンナットさんに話した


気付くと私はずいぶん熱くなっていて
内心自分を笑った
「いらないです 書き順  私の教科書に書かない」
と仰ったブンナットさんの最初の言葉に衝撃を受けていたのだろう
日本語を書くときには 中国人そして
先達への感謝の気持ちを忘れずに と つい熱弁を奮ってしまった


ブンナットさんは 私の熱情にほだされたのか
「わかりました 勉強します」と応えられた
ご自身が作る日本語の教科書には
書き順は載せない とも仰っていたが
まずは先生になられるというブンナットさんご自身の
日本語に対する素養として そのことをわかって頂きたかった


ブンナットさんは 来週また勉強に来られるまで
あ行と か行の10文字の書き順を覚えて来ます と仰った
それぞれの平仮名の親となる漢字「母字」を
彼はほとんど書くことがおできになる
安 以 宇 衣 於 から あいうえお
加 畿 久 計 己 から かきくけこ の平仮名を女性が創った


この厳粛な事実に対して
私自身あらためて頭を垂れた
教える ということは 常に 教えて頂くことだ
将来祖国で日本語教師に そして
いつか外交官になりたい というブンナットさんの奮闘を
心から応援したい
by skyalley | 2009-08-15 04:57 | こころへ教室日記
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