触ることからはじめよう
by skyalley
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5歳と93歳


旭出(あさひで)学園は
昭和25(1950)年創立者 徳川正子・三木安正によって開設され
知的発達の遅れた子どもたちのための学園です


8月7日と28日の二回に亘って
千歳船橋駅前での脱原発の署名活動において
マイクを通し その熱き思いを語ってくださった鹿野先生は
長年幼児教育に努めてこられた方です
御年93歳


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私の孫息子・颯太に と
28日の署名日 まっさきに
「あさひでがくえん玩具部」と書かれた箱を手渡してくださいました
母親と共に駆けつけた颯太に手渡すと
先生の前に進み出て 神妙な顔つきで礼を言った後
その場に座って箱を開けていいか と私に聞いてきました


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果たして現れ出でたのは 木の汽車
夕暮れ時 節電の駅前の地味なタイルの上で
色とりどりのその汽車は輝いていました


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何十年も前に旭出学園の中等部の生徒さんたちが作った木のおもちゃ
当時 駒場幼稚園園長でおられた先生は
全4保育室に5組ずつの汽車を旭出学園に注文しました
そしておもちゃの作り手である生徒たちには
お弁当持ちで作品を届けに来てもらい
目の前で園児たちがそのおもちゃに興じる姿を見る という日を設けました
その日 障害児たちは自分たちが何を作ってきたのかを初めて知り
「一年で一番晴れの日」となったそうです


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諸事情により
その木の汽車は もう作られなくなってしまいました
鹿野先生のお手元にあった最後の1セットが颯太に贈られました


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「前回の脱原発署名活動のときに
 ビラ配りをして手伝ってくださった
 未来を担う颯太君にぜひ」
鹿野先生は照れたように そう仰いました


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by skyalley | 2011-08-30 13:12 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
署名総数1000を超えました
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8月7日初めての署名活動を受け
今日28日 二度目の活動を
12人で終えました
前回は4時間で254名
そして今回は2時間で
134名のご署名を頂きました


各地で署名活動が始まっているので
すでに「別のところでしました」とか
「先日ここでしました」など
すこしずつなりとも
点が面になっていることを実感


右の方から ふらぁ〜っと現れた男性に
「ご署名をお願いします」と声を掛けると
「おぉ〜 ええよぉ」
すぐにペンを取り名前を書きながら
「煙草 買いに来たんや で 何の署名?」
「はぁ?! 脱原発です 孫息子のことを思うと
 いてもたってもいられなくて。。。」
「ははは やったらええわぁ」
駅の売店で煙草を買うと わざわざ
「ほな がんばってなぁ」と笑顔で手を振って去って行かれました
孫息子の空手の師範です


こんどは改札から出てこられた男性に
「ご署名をお願いします」
すぐに書いて下さいました
そしてこちらもすでに書いていながら「え? 何の署名?」
「えっ!? 脱原発です」
「あっ そう これ この署名用紙ってもっとあるの?」
「はい あります そのために今日 ここにいるのですから」
「じゃ 何枚か頂いていく ちらしももう少しあるの?
 入り口に置いておくから」
署名用紙とチラシを持って行って下さいました
娘がお産をした助産院の事務長さんです


親子が近づいてきました
「ご署名をお願いします」
「あ 先生!」
こんどは小学生のとき英語を教えていたお嬢さんです
妙齢になられ見間違えました
お母さんと共に署名をして下さって
その上「こんど 結婚するんです」
道理できれいな訳です
「落ち着いたら書道を教えてください」
教室での再会を約束して見送りました


地元で署名活動をしてよかったな
とてもありがたく力強く思ったことでした

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今日も鹿野先生が 大働きをして下さいました
2時間の活動の間 ほとんどマイクを使って語り続けました
最後に「戦争の時は
反対したかったけれど 憲兵や拷問が恐ろしくて
とてものことに できませんでした
今は いやなものはいやだと そう言える時代です
後で反対しておけばよかった と言っても遅いのです
今 声を挙げましょう
沈黙は賛成を意味するからです」


鹿野先生が私たちの後ろで話し続けて下さったおかげで
どんなに心強く思ったことか
その先生は 署名活動を共に終えた今日の最年小の弥紗さんに
「たいへん たのもしうございます」と声を掛けられました
90代と10代
共に手を取り合えた日でした


今日の反省を含めて
9月4日には第三回勉強会を開きます
これからも署名活動は続けていく予定ですが
9月19日の明治公園における五〇〇〇〇人集会に
1000名以上の方々の尊いご署名簿を以て
参加できることを楽しみにしています


陰に日向に ご協力下さった方々との繋がりを
これから益々大切にしつつ
ともかくも脱原発が実現することを今の目標に
活動を続けていくつもりです
点を面に!
by skyalley | 2011-08-28 22:03 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
署名総数 902

今日は
8月7日に引き続き
「さようなら原発1000万人アクション」に賛同しての署名活動日
午後4時から千歳船橋駅前


おかげさまでただいまの署名総数は902
今回も93才の社会活動家 鹿野京子さんにご協力を頂けるので心丈夫


前回の経験を活かして立て看板も
大きさや明るさという視覚的効果を加え
また「1000万人アクション」の発起人名も明記して書き上げました


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行ってきまぁす 
みなさまもよき休日の午後をお過ごし下さいますように
by skyalley | 2011-08-28 13:27 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
古書の中から葉書



  K. A.さん


  なにかとんでもないことがおこって
  A.ちゃんがけがをしたとききました
  せっかくの運動会もざんねんですね
  一日もはやく けがをなおして
  もとどおりの元気さを見せてください

  A.ちゃんは本をよむのがすきですか
  今は よみたくないかな

  おじさんのすきな本をプレゼントします
  (もうよんでしまった本かな)

  元気なA.ちゃんにあえるのを
  たのしみにしています


   かんり人のおじさんより

    2000年5月27日



娘たちが好きだったビデオ作品「長靴下のピッピ」を
オットが孫息子に読んでやることを思いつき
ネット上の古書店で見つけ 楽しみにしていた


届けられた小包を開け 本の頁を繰っていたら
一枚の葉書が挟まっているのを見つけた
それが先に書いた文面だ
不条理な怪我に遭遇し
運動会に出られなかった少女に対して
年相応に読める漢字だけを遣っていることといい
いたわるように端々で気を遣っている


管理人どころか
管理会社の無愛想な担当者と
それも用件のみを電話でしか話したことのない私は
お見舞いに 葉書まで添えて本を贈る
因みに『長靴下のピッピ』副題は
「世界一つよい女の子」
こんな管理人に護られて暮らしてみたいものだと思う


今から11年前の葉書
少女は娘盛りになっているだろう
彼女も 管理人さんも どこかで元気で 


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by skyalley | 2011-08-22 01:50 | こころへ教室日記
鬩(せめ)ぎ合い

この一両日
高原の冷気を思わせる中で
体は一息を入れさせてもらっている
思えば2週間前の日曜日には
炎天下 屋根はあったといえども
駅前の雑踏の中で 署名活動をしていた


12名の戦後生まれの私たちを現場で支えて下さったのが
93歳の鹿野京子先生
「今こそ 戦前・戦後生まれの垣根を越えて
 子どもが子どもとして生きる環境を
 ゆるぎなく護るためには 
 反原発以外の途はございません」と
署名を呼びかける私たちの後ろから
マイクを手に 車椅子から思いを訴えた


鹿野先生は
「アウシュヴィッツ平和記念館」 
「幼い難民を考える会」
「海外医療協力会」「九条の会」などのそれぞれの会員
現役の社会活動家でおられる
何が彼女をこの年まで駆っているのか 


京都生まれの鹿野先生は
関東大震災で被災した東京の親戚を訪ねていった祖父から
「朝鮮人がデマによって無実の罪で6000人も殺された」と
話しているのを聴いて
 なんてむごい! おなじにんげんだのに
と思ったそうだ
鹿野先生は満四歳だったと聞く
その時点ですでにそう感じ取れる感受性をお持ちであった
ということは それまでに ご家庭で 
そう感じられるような素地が育まれていた という証であろうか
4歳のときの この想いが先生の一生を貫いている


荷車に轢き切られた友の足を
瞬時に自分の口に含み
「痛かべ 痛かべ」と言った8,9歳の頃の宮澤賢治


私が30年前の旅先で見かけた5歳の男の子は
2歳にもならぬ妹の悲しみを自分の身に引き受け
「ごめんな にいちゃんにちからがなくて
 おおきくなったら きっとたすけてやる」と
妹の目線に体を傾げ 幾度も幾度も謝っていた


ひとの痛みを自分の痛みとして感じようとする気持
幼い頃から そのことを育むことなくして成長し
大衆の一員然として暮らすことの恐ろしさ
また政治家や技術者や科学者になってしまうことのおぞましさ


同じ人間として
自分の中にも存在するその残虐さを思う気持
訴える相手の余りの無関心さに対する虚無感
それでも
できることからするしかないと奮起する気持とが
一週間後の第二回目の署名活動を控え
せめぎあって
わさわさとしたまま 落ち着くことが出来ない
冬の木立のように 堂々とできぬものか


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by skyalley | 2011-08-21 16:51 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
五歳の男気



箱根のホテルの窓から夕焼けを観ていた
窓の下にはバレーボールのコートが張ってある


そこへ二人の子どもが現れた
一人は幼稚園生くらいの男の子
もう一人はやっと歩き始めた女の子


二人は手を繋ぎながら
芝生を歩いてコートのネット下までやってきた
男の子がジャンプするとネットに手の先が触れた


女の子が両手を挙げて「わたしも」という仕草をした
男の子が彼女を抱いて持ち上げたが
持ち上げるのが精一杯で ネットに指は届かない


泣き出した女の子に男の子が言った
「ごめんな にいちゃんにちからがなくて
 もっとおおきくなったら
 ぜったい さわれるようにしてやる
 な ごめんな ごめんな・・・」


泣いている妹を邪険にするどころか
妹の切なさを わがことのように引き受けて
必死に慰めようとしていた彼のことを
私は今も忘れない


もう30年も前のこと
by skyalley | 2011-08-19 16:40 | ひと
いたわる 訓練する


・・・自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。

このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。

助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。

他人の痛みを感じることと言ってもいい。

やさしさと言いかえてもいい。

「いたわり」

「他人の痛みを感じること」

「やさしさ」

みな似たような言葉である。

この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。

根といっても、本能ではない。
だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。


その訓練とは、簡単なことである。
例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、
そのつど自分の中でつくりあげていきさえすればよい。


この根っこの感情が、自分の中でしっかり根づいていけば、
他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。


君たちさえ、そういう自己をつくっていけば、
二十一世紀は人類が仲よしで暮らせる時代になるにちがいない・・・



亡くなる年の1996年
司馬遼太郎が初めて子供に 
特に小学生を意識して書いた『21世紀を生きる君たちへ』
自分が生きて21世紀を迎えられないことを予期し
それを前提に
21世紀を担っていくであろう子供たちに対する
羨望や願いを込めて書かれた作品です



「いたわる」とは 本能ではない
日常生活の中で折々訓練しなくては育まれない気持ちなのだ
という文章から


・・・まだ八つか九つの頃 友だち数人と路上でメンコをして遊んでいた時
友だちの一人がメンコを取ろうとして荷馬車に人差指を轢き切られたのを、
小さい賢治は「痛かべ、痛かべ」といいながら、思わずその傷ついた指を
自分の口の中に入れてやった・・・
(『雨ニモマケズ』谷川徹三 講談社学芸文庫)
という宮澤賢治を思い出し
彼はその歳で こんなふうに衝動的な行動に出るくらい
いたわる人だったのだと
あらためて感心したものです


何の職業に就くにしても
何の役職に就くにしても
「いたわり」をもっているひとがいいな
つくづく思うこの頃です
by skyalley | 2011-08-19 16:22 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
「痛かべ 痛かべ・・・」


3月11日からほぼ5ヶ月が経とうとしている
その間に たとえば「脱原発」という意見に対し 
賛成・反対・決めかねる・無関心など
程度の差こそあれ 人々のこころにはさまざまな思いがよぎり
その思いを元に 
何か行動を起こす人・起こさない人・決めかねる人・無関心な人
またさまざまな対応が見られた


8月7日に 生まれて初めての街頭での脱原発の署名活動をし
そのことを余計に強く感じている
それらの違いはどこから来ているのだろう
そのことが この頃私の胸を去来する


3月の震災直後の写経会で
詩人の原子朗氏が写経場正面に飾られている自書の扁額を指した
「一如 いちにょ と読みます
 一つの如く 
 わたしとあなたは一つの如く 境は無い ということです」


原先生は宮澤賢治研究の大家でおられる
当時の その時々 その状況で
賢治に起こったことを 先生ご自身に起きたかのように肉迫し
賢治になりきらんばかりになって 賢治を感じ 書き 語る



・・・まだ八つか九つの頃 友だち数人と路上でメンコをして遊んでいた時
友だちの一人がメンコを取ろうとして荷馬車に人差指を轢き切られたのを、
小さい賢治は「痛かべ、痛かべ」といいながら、思わずその傷ついた指を
自分の口の中に入れてやった、という話が伝えられておりますが
これは他人の苦痛を自分の苦痛として生理的に感ずる鋭敏な感受性の
衝動的な動きであった、と思われます・・・
(『雨ニモマケズ』谷川徹三 講談社学芸文庫)



原子力発電所事故という人的惨事という現実を前にして
科学技術の進歩を今まで以上に迷わず謳歌するひと
科学の世界に身を置きつつ 頭を垂れ逡巡しつつ闘っているひと
この大きな開きは何だろう
このことが私を戸惑わせる
どこで 何が なぜ こんな大きな隔たりを生むのだろう


「一如」
応えの鍵の一つかも知れない


大震災で起きたことを 
どこか遠く離れたところで 誰か他の人に起きたことと思わず
ここで わたしに起こったこととして捉えられるかどうか
ひとごとではなく わがこととして捉えられるかどうか
一如


 
by skyalley | 2011-08-17 15:45 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
「一枚の葉を森へ」書名総数660


またある日 
郵便屋さんが「こんな事務局 こちらにありますか」と
一通の封書を玄関で見せてくれました
宛名に「一枚の葉を森へ」事務局御中 と書かれています


「一枚の葉を森へ」
6月半ばに私が最初に作った署名用紙に付けた名前でした
ありがたく受け取って開封すると
署名がぎっしり連ねられた用紙に
こんな手紙が添えられていました

  
  「沈黙は賛成を意味する」
  ということばにはっとしました
  これまで声をあげなかったことで
  加担してしまっていたことがあるかもしれないと・・・
  今 反省しています
  小さな力がやがて大きな力になることを願ってやみません
  25名の声が届きますように
  遅くなりましたが署名を集めることができました
  どうぞよろしくお願い致します



書面中の「集めることができました」の文言に胸が詰まりました
街頭に立って 実際に署名活動をしてみて
一人の署名を頂くことの大変さが
身にしみてわかったからです
一人の署名の重さを知ることができました


今日は午後4時から勉強会を開きます
先日の署名活動の報告・反省会 そして
これからの展開も話し合います
どなたのご参加も歓迎です


お盆の東京
新宿生まれの私はこの時期のふるさとが好きです
みなさまもどうぞお元気でお過ごしください


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by skyalley | 2011-08-14 09:22 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
署名総数 577
教室で共に英語を学んでいる女性に
一ヶ月ほど前 署名活動を始めることを話したら
さっそく署名用紙を持って帰って下さいました


数日後 勉強に来られた彼女の娘さんが
「母が 小出さんの『原発のウソ』を買ってきて とか
 署名用紙コピーしてきて とか 今 一所懸命です」
と伝えてくれました


署名用紙だけではなく
「なぜ脱原発の署名をお願いするか」について
ご自身の思いを書かれた手紙を添え
50名以上の友人・知人に郵送されたそうです


そして先日 143名の署名を持ってきて下さいました
駅前で呼びかけた日の分も含めて
署名は総数577になりました


28日千歳船橋駅前での第二回署名活動に
また激励を頂きました
ありがとうございました


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by skyalley | 2011-08-11 08:12 | 一枚の葉を森へ(no nukes)