触ることからはじめよう
by skyalley
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今 考える力を身につける



十年以上東京で暮らしている韓国人の友が
ある日 こう話した

「日本に来てすぐ 
 『仕方がないじゃない』という言葉をよく口にするのを聞いて 
 納得がいかなかった
 何が仕方が無いのか 何か方法を考えて解決する道をみつければいいのに
 何故易々と『仕方がないじゃない』と言うんだろう と思っていた
 けれど3月11日に
 津波が田畑や家をどこまでもどこまでも呑み込んでいく映像をテレビで観たら 
 『仕方がないじゃない』と言う日本人の気持ちが少しわかったような気がした」

震災後 ある高校の卒業式で答辞を読んだ一学生は
「天を恨まず」と嗚咽を抑えながら これからの復興を誓っていた

岩手県出身の宮澤賢治は生涯に数々の天災に遭い
死の直前1933年には
死者・行方不明者約3000人を出した昭和三陸地震も経験した
今 賢治の「雨ニモマケズ」が再び脚光を浴びている という
「復興に向けた祈りのメッセージのように被災者の心に響く」と
(7月6日讀賣新聞夕刊)

しかしそれらはいずれも天災を前にしての姿勢だ
台風、地震、津波、噴火、豪雪、洪水、高潮。。。。
狭く山がちの日本という国土に暮らして来た日本人は
有史以来いったいどれほどの天災に見舞われて来たことか
稲作や林業・漁業従事者という事情もあり 
たとえ被害に遭ったとしても
他の土地へ移ることもなく 
天災の原因を詮索せず 
ただひたすらに天災が去るのを辛抱強く待ち
去った後には また元の生活を黙々と続けてきた
そうやって自然を 自然のもたらす災いをも甘受して従ってきた

その時間が長く そして深く人々の暮らしに染みついて
災いには抗わず 去るのを待ち 恨むことなく 受け入れてきたのだ

そして今 原子力発電所という人災が起きても
天災と人災の区別をするという考えを抱くこともなく
災いを災いとして
「抗わず 去るのを待ち 恨むことなく 受け入れて」しまう

起こってしまったことは「しょうがない」で済ませがちな日本人は多い
理より情が勝っているとも言えるだろうか
なぜ起こったのか 
起こらないようにするにはどうしたらいいのか
そのために今できることは何なのか
天災にそれを問うても「仕方がない」
その習い性が人災を前にしても 変えられない

しかし 今 情を持って
新たな人災を引き起こすことのないように
考える力を養わねばならない 
by skyalley | 2011-07-24 15:51 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
やはり目に見えないものを


猛暑に加えて毎日のように人生の不条理な現象に痛みを感じています
人類の謙虚さが求められている それが要因であり すべてでは??
(第11回徳談会でご講演下さった81歳のシスター成瀬の葉書から)

       ___________________________


我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。
それが僕の意見です。

我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、
原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、
国家レベルで追求すべきだったのです。
たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。
それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、
我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、
妥協することなく持ち続けるべきだった。
核を使わないエネルギーの開発を、
日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、
我々の集合的責任の取り方となったはずです。
日本にはそのような骨太の倫理と規範が、
そして社会的メッセージが必要だった。
それは我々日本人が世界に真に貢献できる、
大きな機会となったはずです。
しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、
その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。
(カタルーニャ国際賞における作家・村上春樹氏の講演から)

 ___________________________


もし安全な地球環境を子どもや孫に引き渡したいのであれば
その道はただ一つ
「知足」しかありません
代替エネルギーを開発することも大事ですが
まずはエネルギー消費の抑制にこそ目を向けなければなりません
(京都大学原子力実験所助教・小出裕章先生
『原発のウソ』 2011 扶桑社新書より)

 ___________________________


日本の法令上では「天災(自然災害)」は
「暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火
その他の異常な自然現象により生ずる被害」と定義されているそうです
その発生には悪意も善意も無い
しかし「人災」の元には人間の慾がある
「天災」と呼ばれているものにさえ
そもそも人為的な原因により人的被害が拡大されている事故も
経験からあったことを知っています


福島の原子力発電所事故を通して
私たちが学ぶことができることの最も大きな学びのひとつは
事故の収束や代替エネルギーの開発のための技術や経済的復興という
目に見えることもさることながら
シスター成瀬のいうところの「謙虚」
村上春樹氏の「骨太の倫理や規範」
そして小出先生の「知足」といった目に見えない「叡智」だと
今 私はあらためて思っています

それに気づき 
こころの再構築をしなければ
たとえ脱原発が実現し 代替エネルギーが開発されようとも
また[「豊かさや便利さを追い求めながら」(小出氏)
[「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつか]れ
(村上氏)
自分自身の慾との
終わりのない追いかけっこを懲りずに始めることになるでしょう

そして
貧困 
戦争
地球温暖化 
大気・海洋汚染 
森林破壊 
酸性雨 
砂漠化
産業・生活廃棄物 
環境ホルモン 
放射能汚染に続く
更なる新たな人災を引き起こし
結局は
この地球という水の星を破壊していくことになりかねない

突きつけられた課題の余りの深さ大きさに思わずため息が洩れます


「一度手に入れてしまった贅沢な生活を棄てるには
 苦痛が伴う場合もあるでしょう
 これまで当然とされてきた浪費社会の価値観を変えるには
 長い時間がかかります
 しかし 世界全体が持続的に平和に暮らす道が
 それ(知足)しかないとすれば
 私たちが人類としての新たな叡智を手に入れる以外にありません」
 (小出氏)


「それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。
 晴れた春の朝、
 ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、
 みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。
 一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、
 しかし心をひとつにして。」(村上氏)


やはり目に見えないものを問われている 再びそう思います
これらの言葉に心底励まされ
祈るような気持ちで8月7日の署名活動の日に
そして9月19日の明治公園における
50000人集会に私なりに備えています

その一つが署名活動であり
先日お知らせした通り
今週の日曜日24日午後4時から我が家で開く勉強会です
ちとふな駅前での署名活動に参加・不参加は関係なく
どなたでもご参会頂けます お運び下さいますように


台風のおかげでもたらされた久々の涼気に 
心身 魂までもが蘇るような気がします
皆様もどうぞお元気でお過ごし下さいますように
by skyalley | 2011-07-21 10:11 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
小出裕章先生「知足」



・・・私たち人類がエネルギーをたくさん使うようになったのは
18世紀末から19世紀はじめにかけて
「産業革命」が起きてからのことです
中でもジェームス・ワットが蒸気機関の改良に成功したことは
人間の生活を劇的に変えました


それまで動力源として使っていた家畜も奴隷ももういらない
「湯気」さえ起こせば機械が動くということで
莫大なエネルギーを使いながら生きていくようになったのです
やがてその中に電気も不可欠なものとして加わっていきます


産業革命が起きたのは今から200年前です
地球の歴史46億年を1年に縮めると
産業革命が起きたのは大みそか12月31日の11時59分59秒です
地球という星から見れば刹那的ともいえるくらいのわずかな時間の中で
私たち人間は急激に今のような”便利な”生活をするようになりました


産業革命以後の200年間で
私たちが使ったエネルギーはどのくらいの量でしょうか


人類という生き物が地球上に誕生したのは400万年前と言われています
その400万年で人間が使ったエネルギーの総量のうち
産業革命以降の200年間で消費された分は全体の6割を超えます


そして私たちは
「便利な生活を維持したい」という一念に駆られて
原子力発電という人間の能力では処理しきれない技術を進めるようになりました
福島の事故は 
それがいかに恐ろしいことなのかを見せつけてくれています


今後私たちは日常的に無意識に使っているエネルギーが
本当に必要かどうかを真剣に考え
エネルギーを浪費する生活を改めざるをえなくなるでしょう


いったい 
私たちはどれほどのものに囲まれて生きれば幸せといえるのでしょうか
人工衛星から夜の地球を見てみると
日本は不夜城のごとく煌々と夜の闇に浮かび上がります
建物に入ろうとすれば自動ドアが開き
人々は階段ではなくエスカレーターやエレベーターに群がります
冷房をきかせて 夏だというのに長袖のスーツで働きます
そして電気をふんだんに投入して作られる野菜や果物が
季節感のなくなった食卓を彩ります


日本を含め「先進国」と自称している国々の人間が
生きることに関係のないエネルギーを膨大に消費する一方で
生きるために必要最低限のエネルギーすら使えない人々も存在しています


残念ではありますが
人間とは愚かにも欲深い生き物のようです
豊かさや便利さを追い求めながら
地球温暖化 大気・海洋汚染 森林破壊 酸性雨 砂漠化
産業・生活廃棄物 環境ホルモン 放射能汚染
さらには貧困 戦争など 多くの”人災”を引き起こして
地球の生命環境を破壊しています


種としての人類が生き延びることに価値があるかどうかは
私には分かりません

しかし もし安全な地球環境を子どもや孫に引き渡したいのであれば
その道はただ一つ
「知足」しかありません
代替エネルギーを開発することも大事ですが
まずはエネルギー消費の抑制にこそ目を向けなければなりません


一度手に入れてしまった贅沢な生活を棄てるには
苦痛が伴う場合もあるでしょう
これまで当然とされてきた浪費社会の価値観を変えるには
長い時間がかかります


しかし世界全体が持続的に平和に暮らす道がそれしかないとすれば
私たちが人類としての新たな叡智を手に入れる以外にありません



京都大学原子力実験所 助教 小出裕章
『原発のウソ』(2011 扶桑社新書094)
最終章 最終頁より


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 吾唯知足 
 吾(われ)唯(ただ)足(たるを)知(しる)
by skyalley | 2011-07-19 12:59 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
8月7日千歳船橋駅前で署名活動をします




連日の熱風・熱気・熱波。。。
なんとか折り合いを付けながら お過ごしでしょうか

二週間後の8月7日 
千歳船橋駅前で署名活動をすることにしました

経堂で子どもの私塾・悠愉学舎を主宰する海沼先生と話し合い
街頭での署名活動を初めて実行することにしました

まずは午後1時から3時までを予定しています
夕方から 鹿野先生(93)や
11月徳談会の講演者 青野先生(85)もご参加下さいます

ご署名 また署名活動にお力添え下さる方には
ぜひおいで頂きたく ご案内致します

署名活動は「さよなら原発 1000万人アクション」に連なります
第一次の締め切り日9月10日ですが その後も続けるつもりです

なお署名活動当日に先立って 7月24日(日)午後4時より
我が家にて勉強会を開きます
世田谷区船橋1−54−10−101 

参考資料の一つとして
京都大学原子炉実験所 助教・小出裕章先生著
『原発のウソ』(扶桑社新書 2011)をご入手頂ければ幸いです

私が小出先生の見識に信頼を置いているのは
先生が貫いておられる「知足」の姿勢です

勉強会 また署名活動にご参会下さる方は
高橋   080−5680−2209 あるいは
海沼先生 080−5526−0538 までご連絡下さい

ご協力をお願い致します


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by skyalley | 2011-07-18 23:30 | 徳談会日記
講師の先生方のご紹介

3月11日に起きた東日本大震災 
そして原発事故以来の出来事を
皆様は日々どのように捉えて 過ごしていらっしゃいますか

ささやかながら4年前に始めた徳談会は
来年 おかげさまで20回目を迎えようとしています
第二次世界大戦を十代で経験された方々は
現況をどのように観ておられるのでしょうか

これからもご都合がつきますれば
ぜひご参会頂きたく
2011年7月現在の徳談会講師一覧を
以下にご案内致します

なお講師の先生方のお名前の後の数字は講演下さった時の年齢です

①村尾清一氏 88(日本エッセイストクラブ会長)「旧制高校の教育」
②松浦靖明氏 90(元船舶会社員)       「読書について」
③胡 暁子氏 83(元シンガポール赤十字社副総裁「アジアから見た日本」
④原 子朗氏 85(詩人・イーハトーブ館館長) 「賢治のはなし」
⑤品川正治氏 86(国際開発センター理事)「戦争・人間・そして憲法九条」
⑥小林善彦氏 83(東大名誉教授・日仏会館顧問)「私が見た戦後」
⑦岩崎京子氏 88(児童文学者) 「なぜこどもの本 かいてるの?」
⑧越川禮子氏 84(NPO法人江戸しぐさ理事長)「いきで素敵な江戸しぐさ」
⑨小林善彦氏 84(東大名誉教授・日仏会館顧問)「日本人の国際交流」
⑩石井哲夫氏 83(社会福祉法人 嬉泉常務理事)「発達障害をめぐって」
⑪成瀬 環氏 80(サレジアンシスターズ女子修道会)「戦争と平和を思う」
⑫田中芳徳氏 76(「かがやく目」主宰)   「私にとっての真理の探求」
⑬安嶋 彌氏 88(元文化庁長官・元東宮大夫) 「教育勅語と四方山話」
⑭鹿野京子氏 92(元駒場幼稚園園長)  「平和への努力を 教育の課題」
⑮西村英二氏 85(祖師谷国際交流会館責任者)「人生至る所青山あり」
⑯紀野一義氏 88(仏教学者・宗教家・真如会主幹 「戦場の般若心経」
⑰山本思外里氏 82(元読売新聞社社会部・婦人部長)「老年期を見直す」

ちなみに諸先生方はみなご健在です


今夏以降の講演者です

2011/09/24
⑱福島勇三氏 85(永楽倶楽部マイスター・バーテンダー)閉会後カクテルを
2011/11/27
⑲青野輝子氏 85(東京個人タクシー太陽協会会長)女性初のタクシー運転手
2012/01
⑳九島璋二氏 85(九島医院院長)        産婦人科医
2012/03
㉑森岡恒舟氏 79(日本筆跡診断士協会会長)書道教育学院院長・筆跡鑑定士


 
2012年5月以降は講師交渉中です
by skyalley | 2011-07-07 23:26 | 徳談会日記
「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

約一ヶ月前の6月9日
村上春樹氏は カタルーニャ国際賞を受賞しました

いくらか暑さの控えめな今朝
あらためて全文を読んでみました
連日の熱波でやられた心身が冷却され
そして 
すっくと立ち上がらせる力を与えられたことを
強く感じました


 

「非現実的な夢想家から」

 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。

 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。

 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?

あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。
 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。

 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。
 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。
 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。
 「大統領、私の両手は血にまみれています」
 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」
 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)
by skyalley | 2011-07-07 08:29 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
「さよなら原発1000万人アクション」


6月の始め
原子力発電所事故が
まったく終息を見せない中
生まれて初めて署名活動をしようと思い立ちました


たまたまその頃に参加した子育ての会や
私自身が主宰している徳談会などで
すでに署名を集め始めていたところ
半ばになって
「さよなら原発1000万人アクション」が発足したことを知りました
呼びかけ人は
内橋克人 

大江健三郎 

落合恵子 

鎌田 慧
坂本龍一
 
澤地久枝 
瀬戸内寂聴
 
辻井 喬

鶴見俊輔の各氏

http://sayonara-nukes.org/


やむにやまれぬ気持ちで
署名活動など慣れないことを手探りで始めたものの
この先 どうしたらいいのでしょうという内心の不安を抱えていた私は
その大きな動きに加えて頂くことにしました


とはいえ すでに頂いてしまった尊い署名をどうしたらいいのか
私は「1000万人アクション」事務局へ
その旨を問い合わせしました
すると きっと多忙を極めておられるはずなのに
以下の様な誠意あるお返事を頂きました

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高橋由紀子様

お問い合わせありがとうございます。
お返事が大変遅くなってしまい、申し訳ございません。

私たちより先に、ご自身で行動を起こされたとのこと。
心より敬意を表します。

先に集めてくださった署名は大量にあるのでしょうか?
送っていただく際に、別のものであることがわかるようにしていただければ、
こちらで対処いたします。

よろしくお願いいたします。

「さようなら原発1000万人アクション」実行委員会(送信者:阿部)

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ということで
すでに私がお手渡しした用紙に署名を集めて下さった方は
お手数ですが私宛にご送付下さい
まとめて「1000万人アクション」に送るように致します


またこれから是非署名を という方は上のサイトから
署名用紙をダウンロードしてお使い下さい


経堂で悠愉学舎という私塾を営んでいる海沼栄造先生を始め
友人達と 近々小田急線・千歳船橋駅前と経堂駅前で
署名活動をする予定をしています
詳細がわかりましたら またお知らせ致します
ご協力下さいますよう お願い致します


こどもたちのために がんばりましょう


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by skyalley | 2011-07-06 18:08 | 一枚の葉を森へ(no nukes)