触ることからはじめよう
by skyalley
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ:一枚の葉を森へ(no nukes)( 52 )
署名総数1000を超えました
f0085284_215568.jpgf0085284_21544751.jpg




















8月7日初めての署名活動を受け
今日28日 二度目の活動を
12人で終えました
前回は4時間で254名
そして今回は2時間で
134名のご署名を頂きました


各地で署名活動が始まっているので
すでに「別のところでしました」とか
「先日ここでしました」など
すこしずつなりとも
点が面になっていることを実感


右の方から ふらぁ〜っと現れた男性に
「ご署名をお願いします」と声を掛けると
「おぉ〜 ええよぉ」
すぐにペンを取り名前を書きながら
「煙草 買いに来たんや で 何の署名?」
「はぁ?! 脱原発です 孫息子のことを思うと
 いてもたってもいられなくて。。。」
「ははは やったらええわぁ」
駅の売店で煙草を買うと わざわざ
「ほな がんばってなぁ」と笑顔で手を振って去って行かれました
孫息子の空手の師範です


こんどは改札から出てこられた男性に
「ご署名をお願いします」
すぐに書いて下さいました
そしてこちらもすでに書いていながら「え? 何の署名?」
「えっ!? 脱原発です」
「あっ そう これ この署名用紙ってもっとあるの?」
「はい あります そのために今日 ここにいるのですから」
「じゃ 何枚か頂いていく ちらしももう少しあるの?
 入り口に置いておくから」
署名用紙とチラシを持って行って下さいました
娘がお産をした助産院の事務長さんです


親子が近づいてきました
「ご署名をお願いします」
「あ 先生!」
こんどは小学生のとき英語を教えていたお嬢さんです
妙齢になられ見間違えました
お母さんと共に署名をして下さって
その上「こんど 結婚するんです」
道理できれいな訳です
「落ち着いたら書道を教えてください」
教室での再会を約束して見送りました


地元で署名活動をしてよかったな
とてもありがたく力強く思ったことでした

f0085284_21564249.jpg

f0085284_21594881.jpg



今日も鹿野先生が 大働きをして下さいました
2時間の活動の間 ほとんどマイクを使って語り続けました
最後に「戦争の時は
反対したかったけれど 憲兵や拷問が恐ろしくて
とてものことに できませんでした
今は いやなものはいやだと そう言える時代です
後で反対しておけばよかった と言っても遅いのです
今 声を挙げましょう
沈黙は賛成を意味するからです」


鹿野先生が私たちの後ろで話し続けて下さったおかげで
どんなに心強く思ったことか
その先生は 署名活動を共に終えた今日の最年小の弥紗さんに
「たいへん たのもしうございます」と声を掛けられました
90代と10代
共に手を取り合えた日でした


今日の反省を含めて
9月4日には第三回勉強会を開きます
これからも署名活動は続けていく予定ですが
9月19日の明治公園における五〇〇〇〇人集会に
1000名以上の方々の尊いご署名簿を以て
参加できることを楽しみにしています


陰に日向に ご協力下さった方々との繋がりを
これから益々大切にしつつ
ともかくも脱原発が実現することを今の目標に
活動を続けていくつもりです
点を面に!
by skyalley | 2011-08-28 22:03 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
署名総数 902

今日は
8月7日に引き続き
「さようなら原発1000万人アクション」に賛同しての署名活動日
午後4時から千歳船橋駅前


おかげさまでただいまの署名総数は902
今回も93才の社会活動家 鹿野京子さんにご協力を頂けるので心丈夫


前回の経験を活かして立て看板も
大きさや明るさという視覚的効果を加え
また「1000万人アクション」の発起人名も明記して書き上げました


f0085284_13223196.jpg

f0085284_13252072.jpg



行ってきまぁす 
みなさまもよき休日の午後をお過ごし下さいますように
by skyalley | 2011-08-28 13:27 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
鬩(せめ)ぎ合い

この一両日
高原の冷気を思わせる中で
体は一息を入れさせてもらっている
思えば2週間前の日曜日には
炎天下 屋根はあったといえども
駅前の雑踏の中で 署名活動をしていた


12名の戦後生まれの私たちを現場で支えて下さったのが
93歳の鹿野京子先生
「今こそ 戦前・戦後生まれの垣根を越えて
 子どもが子どもとして生きる環境を
 ゆるぎなく護るためには 
 反原発以外の途はございません」と
署名を呼びかける私たちの後ろから
マイクを手に 車椅子から思いを訴えた


鹿野先生は
「アウシュヴィッツ平和記念館」 
「幼い難民を考える会」
「海外医療協力会」「九条の会」などのそれぞれの会員
現役の社会活動家でおられる
何が彼女をこの年まで駆っているのか 


京都生まれの鹿野先生は
関東大震災で被災した東京の親戚を訪ねていった祖父から
「朝鮮人がデマによって無実の罪で6000人も殺された」と
話しているのを聴いて
 なんてむごい! おなじにんげんだのに
と思ったそうだ
鹿野先生は満四歳だったと聞く
その時点ですでにそう感じ取れる感受性をお持ちであった
ということは それまでに ご家庭で 
そう感じられるような素地が育まれていた という証であろうか
4歳のときの この想いが先生の一生を貫いている


荷車に轢き切られた友の足を
瞬時に自分の口に含み
「痛かべ 痛かべ」と言った8,9歳の頃の宮澤賢治


私が30年前の旅先で見かけた5歳の男の子は
2歳にもならぬ妹の悲しみを自分の身に引き受け
「ごめんな にいちゃんにちからがなくて
 おおきくなったら きっとたすけてやる」と
妹の目線に体を傾げ 幾度も幾度も謝っていた


ひとの痛みを自分の痛みとして感じようとする気持
幼い頃から そのことを育むことなくして成長し
大衆の一員然として暮らすことの恐ろしさ
また政治家や技術者や科学者になってしまうことのおぞましさ


同じ人間として
自分の中にも存在するその残虐さを思う気持
訴える相手の余りの無関心さに対する虚無感
それでも
できることからするしかないと奮起する気持とが
一週間後の第二回目の署名活動を控え
せめぎあって
わさわさとしたまま 落ち着くことが出来ない
冬の木立のように 堂々とできぬものか


f0085284_16471237.jpg

by skyalley | 2011-08-21 16:51 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
いたわる 訓練する


・・・自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。

このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。

助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。

他人の痛みを感じることと言ってもいい。

やさしさと言いかえてもいい。

「いたわり」

「他人の痛みを感じること」

「やさしさ」

みな似たような言葉である。

この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。

根といっても、本能ではない。
だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。


その訓練とは、簡単なことである。
例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、
そのつど自分の中でつくりあげていきさえすればよい。


この根っこの感情が、自分の中でしっかり根づいていけば、
他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。


君たちさえ、そういう自己をつくっていけば、
二十一世紀は人類が仲よしで暮らせる時代になるにちがいない・・・



亡くなる年の1996年
司馬遼太郎が初めて子供に 
特に小学生を意識して書いた『21世紀を生きる君たちへ』
自分が生きて21世紀を迎えられないことを予期し
それを前提に
21世紀を担っていくであろう子供たちに対する
羨望や願いを込めて書かれた作品です



「いたわる」とは 本能ではない
日常生活の中で折々訓練しなくては育まれない気持ちなのだ
という文章から


・・・まだ八つか九つの頃 友だち数人と路上でメンコをして遊んでいた時
友だちの一人がメンコを取ろうとして荷馬車に人差指を轢き切られたのを、
小さい賢治は「痛かべ、痛かべ」といいながら、思わずその傷ついた指を
自分の口の中に入れてやった・・・
(『雨ニモマケズ』谷川徹三 講談社学芸文庫)
という宮澤賢治を思い出し
彼はその歳で こんなふうに衝動的な行動に出るくらい
いたわる人だったのだと
あらためて感心したものです


何の職業に就くにしても
何の役職に就くにしても
「いたわり」をもっているひとがいいな
つくづく思うこの頃です
by skyalley | 2011-08-19 16:22 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
「痛かべ 痛かべ・・・」


3月11日からほぼ5ヶ月が経とうとしている
その間に たとえば「脱原発」という意見に対し 
賛成・反対・決めかねる・無関心など
程度の差こそあれ 人々のこころにはさまざまな思いがよぎり
その思いを元に 
何か行動を起こす人・起こさない人・決めかねる人・無関心な人
またさまざまな対応が見られた


8月7日に 生まれて初めての街頭での脱原発の署名活動をし
そのことを余計に強く感じている
それらの違いはどこから来ているのだろう
そのことが この頃私の胸を去来する


3月の震災直後の写経会で
詩人の原子朗氏が写経場正面に飾られている自書の扁額を指した
「一如 いちにょ と読みます
 一つの如く 
 わたしとあなたは一つの如く 境は無い ということです」


原先生は宮澤賢治研究の大家でおられる
当時の その時々 その状況で
賢治に起こったことを 先生ご自身に起きたかのように肉迫し
賢治になりきらんばかりになって 賢治を感じ 書き 語る



・・・まだ八つか九つの頃 友だち数人と路上でメンコをして遊んでいた時
友だちの一人がメンコを取ろうとして荷馬車に人差指を轢き切られたのを、
小さい賢治は「痛かべ、痛かべ」といいながら、思わずその傷ついた指を
自分の口の中に入れてやった、という話が伝えられておりますが
これは他人の苦痛を自分の苦痛として生理的に感ずる鋭敏な感受性の
衝動的な動きであった、と思われます・・・
(『雨ニモマケズ』谷川徹三 講談社学芸文庫)



原子力発電所事故という人的惨事という現実を前にして
科学技術の進歩を今まで以上に迷わず謳歌するひと
科学の世界に身を置きつつ 頭を垂れ逡巡しつつ闘っているひと
この大きな開きは何だろう
このことが私を戸惑わせる
どこで 何が なぜ こんな大きな隔たりを生むのだろう


「一如」
応えの鍵の一つかも知れない


大震災で起きたことを 
どこか遠く離れたところで 誰か他の人に起きたことと思わず
ここで わたしに起こったこととして捉えられるかどうか
ひとごとではなく わがこととして捉えられるかどうか
一如


 
by skyalley | 2011-08-17 15:45 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
「一枚の葉を森へ」書名総数660


またある日 
郵便屋さんが「こんな事務局 こちらにありますか」と
一通の封書を玄関で見せてくれました
宛名に「一枚の葉を森へ」事務局御中 と書かれています


「一枚の葉を森へ」
6月半ばに私が最初に作った署名用紙に付けた名前でした
ありがたく受け取って開封すると
署名がぎっしり連ねられた用紙に
こんな手紙が添えられていました

  
  「沈黙は賛成を意味する」
  ということばにはっとしました
  これまで声をあげなかったことで
  加担してしまっていたことがあるかもしれないと・・・
  今 反省しています
  小さな力がやがて大きな力になることを願ってやみません
  25名の声が届きますように
  遅くなりましたが署名を集めることができました
  どうぞよろしくお願い致します



書面中の「集めることができました」の文言に胸が詰まりました
街頭に立って 実際に署名活動をしてみて
一人の署名を頂くことの大変さが
身にしみてわかったからです
一人の署名の重さを知ることができました


今日は午後4時から勉強会を開きます
先日の署名活動の報告・反省会 そして
これからの展開も話し合います
どなたのご参加も歓迎です


お盆の東京
新宿生まれの私はこの時期のふるさとが好きです
みなさまもどうぞお元気でお過ごしください


f0085284_9172982.jpg

by skyalley | 2011-08-14 09:22 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
署名総数 577
教室で共に英語を学んでいる女性に
一ヶ月ほど前 署名活動を始めることを話したら
さっそく署名用紙を持って帰って下さいました


数日後 勉強に来られた彼女の娘さんが
「母が 小出さんの『原発のウソ』を買ってきて とか
 署名用紙コピーしてきて とか 今 一所懸命です」
と伝えてくれました


署名用紙だけではなく
「なぜ脱原発の署名をお願いするか」について
ご自身の思いを書かれた手紙を添え
50名以上の友人・知人に郵送されたそうです


そして先日 143名の署名を持ってきて下さいました
駅前で呼びかけた日の分も含めて
署名は総数577になりました


28日千歳船橋駅前での第二回署名活動に
また激励を頂きました
ありがとうございました


f0085284_7584135.jpg

by skyalley | 2011-08-11 08:12 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
孫息子との署名活動
f0085284_1811811.jpg




7日の昼過ぎ 駅前での脱原発の署名活動のため
迎えに来てくれた友とでかけようとしていたら
5歳の孫息子が窓を開けて見送ってくれた
「いってらっしゃ〜〜〜い!
 しょめぇ〜 おねがいしまぁす! ってやりにいくんでしょ」
「颯太も手伝ってよ おうちの中だけで大きな声出せてもだめ〜
 お外でもやって〜」
私がからかっても
「いってらっしゃぁ〜〜い! しょめぇ おねがいしまぁすっ!!」
孫息子は無邪気に繰り返し 彼なりに励ましてくれた


熱風の吹く駅の改札口前に立ち始めてしばらくすると
孫息子が母親と共に現れた
彼は私を認めると「そのかみ(ちらし) そうちゃんにちょうだい」と言う
私が数枚手渡すと「もっと」
昼に家で見送った友を見つけると 彼女の所に走って行った
すぐに声が聞こえた
「しょめぇ おねがいしまぁす!」颯太の声だ
物怖じすることなく 駅の改札口から出てくる人に手渡そうとしている


熱中症寸前になりながら 
小さなその姿に励まされ
原発事故など 何処の星の話?! とでも言いたげな表情のひとにも
声を掛け続けた


しばらくすると颯太が私の傍に立つと こう訴えた
「そうちゃんが おねがいしまぁす っていっても
 ちらしをもらってくれないひとがいるんだよ
 なんにもいわないで なんにもみないで いっちゃうんだよ
 しつれいだね」
「颯太 チラシをもらってくれたひとはいた?」
「うん いた」
「チラシをもらってくれるひとがいるっていうことは?」
「チラシをもらわないひともいる」
「そうだね チラシをもらってくれるひとも もらってくれないひとも
 いっしょにかんがえていかなくちゃいけないんだ」
「でも がっかりだよ」
「そうだね かっくん(私の渾名)も署名してくれない人にはがっかりだよ
 でも また次の人が署名してくれるかなと思って 
 楽しみに「お願いします」って言うの 
 颯太もがっかりしないで こんどのひとはもらってくれるかなって
 楽しみに声をかけてごらん
  おねがいしまぁす って ね」
「うん わかった がんばる」
私は 自分自身を鼓舞していたのだと思う


脱原発などという社会的に大きな運動を
孫息子と共にすることになろうとは思ってもいなかった
しかし これは社会的であるということは 
そもそもきわめて個人的なことでもあると思う


一人一人の慾を少しでも減らすこと
八分目でやっていける という分を知ること
すべてはそこに関わっている 
そう思う


家に持って帰ってきた署名用の画板の束を見て
颯太が言った
「また するの しょめぇ」
「うん するよ 次の次の日曜日」
「そうちゃんも する」
by skyalley | 2011-08-10 18:06 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
署名総数 409

f0085284_10134572.jpg


「さようなら原発1000万人アクション」に賛同して
8月7日に 地元の千歳船橋駅前で
署名活動をしました

駅前が署名活動をする場にふさわしいのかどうか
「たくさん」集めるということに対して
どうしたら効果が上がるのか
何もかもが初めての手探りでしたが
そもそも署名を言い出した私
すぐに賛同してくれた
グラフィック・デザイナーと私塾経営の二人の親友
そして勉強会に集まってくれた皆さんと事前に話し合い

「できることから始める」
「経験してみる」
「得意なことで協力する」
「工夫する」

当初のそんな目的は おかげさまで十二分に果たせました

福島の原子力発電所事故以来
地球規模での汚染を引き起こしている事態に対し
何かしたい 何かしなければ
やむにやまれぬ思いで思い立った署名活動でした
当日配布するチラシの内容や文面を考え
グラフィック・デザイナーが仕上げ
印刷屋に回す手配をし
夜風に吹かれながら事前にポスティングをし
塾に通ってきている子どもの学校から署名版を借り受け
各自の友達に働きかけた結果
当日署名板を肩から掛けた人は
当初の3人から10人に増えていました

実は 署名日以前
脱原発に対しての世論は追い風だという気持ちでおりました
いざ実際に署名をお願いしてみると
15名に一人が応じて下さるほど という厳しさ
だからこそ余計に 朝からの熱気・熱波・熱風の中を
何かしらの用事があって 改札口へ向かう人
そして熱い中 何かしらの用事を済ませて
改札口から出てくる人の中で
それでも立ち止まってご署名下さる方々の姿は
ほんとうに尊くありがたく 大変に励まされました

それまでの100名ほどのご署名に
街頭での署名を足して 総数409となりました

次回8月28日の署名活動に向けて
反省材料をたくさん頂きましたので
14日午後4時からの勉強会にて
それらを活かす工夫を話し合うつもりでおります
さまざまな形でのご協力を ありがとうございました
by skyalley | 2011-08-10 10:16 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
署名活動用チラシが用意できました


f0085284_15455034.jpg




7月24日 7名の方がご来宅下さり
福島原発事故を巡っての第一回勉強会を開きました
反原発 
そして「懐疑的」賛成の両方の意見の方々が集まったおかげで
相乗効果の見られた有意義な時間となりました

8月7日に千歳船橋駅における脱原発の署名活動において
配布予定しているチラシを事前に作っておいたので
それに関して皆さんのご意見を頂き
以下の様な印刷物を仕上げました


駅での署名は
「黙っていることは (原発に)賛成していることと同じ」
という気持ちをすでに持っておられる方々から頂ければ
と思っていますが
チラシには
  ・うまく使えば原発はこれからも必要なのでは?
  ・原発がなくなれば電力が不足するのでは?
など
さまざまな理由から署名に躊躇される方々の疑問にも
一部応えるような内容を加えました


もしあらためて署名を というお気持ちになったときには
次回の署名日8月28日においでいただきたいと思っています
第二回勉強会は8月14日に開きます
参会ご希望の方はご連絡下さい


思えば 80歳を超えられた方々と違って
戦後生まれの私たちは 第一次大戦 第二次大戦 東京大空襲という戦争や
関東大震災など 天地を揺るがすような天災にも人災にも遭っていません


つまり生死の覚悟をしたことは一度もありませんでした
高度経済成長を当たり前のようにして暮らし
必要以上の物があることが普通の社会を作ってきてしまった
その強欲の結果が引き起こした事件 それが原子力発電所の事故であったと
私はそう気がつきました
政府や電力会社に騙されたことは確かですが
騙された無知の責任を取らなければならない そうも思うようになりました


署名日当日は夕方4時頃から
93歳の鹿野京子さん 83歳の青野輝子さんが
署名活動に参加して下さいます
鹿野さんは 

「今まで戦争の話を戦後生まれの方々に語っても
 何か空しいものを感じてきました
 話すよりも 一日でいいから今の若い方々に
 あの戦争を体験して欲しい と思ったこともありました
 けれど今 原発事故という現実を前にして
 戦争を経験した・しないにかかわらず
 今こそ手を携えて 
 何としても原発を無くさなければならない
 そう思っております」

と語って励まして下さいました


気持ちを同じくされる方が多いことを願っています
by skyalley | 2011-08-01 12:53 | 一枚の葉を森へ(no nukes)