触ることからはじめよう
by skyalley
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カテゴリ:こころへ教室日記( 87 )
古書の中から葉書



  K. A.さん


  なにかとんでもないことがおこって
  A.ちゃんがけがをしたとききました
  せっかくの運動会もざんねんですね
  一日もはやく けがをなおして
  もとどおりの元気さを見せてください

  A.ちゃんは本をよむのがすきですか
  今は よみたくないかな

  おじさんのすきな本をプレゼントします
  (もうよんでしまった本かな)

  元気なA.ちゃんにあえるのを
  たのしみにしています


   かんり人のおじさんより

    2000年5月27日



娘たちが好きだったビデオ作品「長靴下のピッピ」を
オットが孫息子に読んでやることを思いつき
ネット上の古書店で見つけ 楽しみにしていた


届けられた小包を開け 本の頁を繰っていたら
一枚の葉書が挟まっているのを見つけた
それが先に書いた文面だ
不条理な怪我に遭遇し
運動会に出られなかった少女に対して
年相応に読める漢字だけを遣っていることといい
いたわるように端々で気を遣っている


管理人どころか
管理会社の無愛想な担当者と
それも用件のみを電話でしか話したことのない私は
お見舞いに 葉書まで添えて本を贈る
因みに『長靴下のピッピ』副題は
「世界一つよい女の子」
こんな管理人に護られて暮らしてみたいものだと思う


今から11年前の葉書
少女は娘盛りになっているだろう
彼女も 管理人さんも どこかで元気で 


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by skyalley | 2011-08-22 01:50 | こころへ教室日記
「初恋のきた道」の先生と長沼毅先生


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  彬彬有礼有情有意
  人生在世要有志気
  識書識字多長見識
  能字会算件好事
  大字小情提筆就記
  知今知古知天知地
  一年四季春夏秋冬
  東西南北四方天地
  風霜雪雨事事在意

  
 心も姿も礼儀正しく 温かい気持ちを忘れずに
 人 世に生まれたら 志を立てて
 書を読み 字を習い 見識を広める
 字が書け計算できるのは良いこと
 どんなことも筆を執って記し
 今を知り古を知り 天を知り地を知る
 一年の四季は春夏秋冬
 天地の四方は東西南北 
 いつもどんなことも 心に留めよう



先日 映画「初恋のきた道」の翻訳本をみつけた
主人公の女性が恋する学校の先生が
毎朝教室で生徒に復唱させる言葉がとても印象的で
私の教室に書いて掲げたいと思った
いったい中国語でどう書くのだろう
確かなところを知りたいと思っていたので
この本との出会いは大変ありがたかった


その数日後 テレビの「コズミックフロント」という番組で
2010年 生命存在可能性のある惑星が
アメリカのスティーブン・ボーグト博士によって発見されたことを知った
番組には 生物海洋学・微生物生態学を専攻し
砂漠、南極、火山、地底など
極限環境に生きる生物を探して地球中を駆け巡る生物学者
科学者で人間味に溢れた長沼 毅氏も登場した
氏は机上に大きなスケッチブックを広げて
対談相手の科学者と面と向かい合った


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自身や対談者の言葉を逐語書き取りながらの話
コンピューターの前に座り そのノートを元に 
後の研究を進める様子も映し出されていた
そうか あのひともその習い性を持っているのだ


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  どんなことも筆を執って記し
  今を知り古を知り 天を知り地を知る


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教室の掛け軸に漢語を書いてみた
筆が進むにつれ 清々しくなる
今週は お弟子さんと この言葉を清書している


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by skyalley | 2011-05-26 01:33 | こころへ教室日記
WATCH + TOUCH を海外へ

WATCH + TOUCH は
1986年にひょんなことから
英語の教室を始めることになり
その後 書道・フランス語と課目を増やしました


その学びを通して
結局 日本語の「書く・読む・話す・聴く」力を
日本人として何よりも大事なことと考え
英語・フランス語の学習は
日本語をより深く理解し よき遣い手になるための補修
という位置づけをしました


そして机の上 ノートや半紙の上での学びだけではなく
木や ボタンのワークショップ
また80歳以上の方の人生に耳を傾ける徳談会も加え
今 WATCH + TOUCHは
人間関係における相互理解に不可欠な平衡感覚を育むことを大切に
活動をしています


そのWATCH + TOUCHを海外へ紹介しましょう
と提案して下さる方が現れ
先月は ALIBABA というサイトに掲載して頂きました
日本に来られる外国の方や
すでに日本に居住しておられる外国の方に
WATCH + TOUCH流の日本文化を紹介するワークショップとして
紹介されています


http://japanesegreats.trustpass.alibaba.com/product/115640609-101843048/WATCH_TOUCH_Japanese_Culture_Workshops.html


今月は loopto というサイトに加えて頂きました
looptoはまだ知られていない日本の素敵な商品や
それにまつわる物語を集めて
世界中に発信するための広場です


http://www.loopto.com/jp/jgpselectwatchtouch


これらのページを製作するには
企画運営の責任者であるJAPANESE GREATS PROJECTの方々や
looptoの方々
コンピューターに疎い私の右腕として支えて下さっている
グラフィック・デザイナーの馬弓千秋さんにご尽力頂きました


どちらも立ち上げたばかりのオンラインショップですが
私が書く象形文字や
日本独特のうつくしさであるひらがなの作品と
Tシャツや風呂敷 手拭いなど日本のよき品とを組み合わせ
千秋さんのセンスを活かして
これからショップの内容や商品の充実を図っていきます
日本人のみならず お知り合いの外国の方にもご紹介頂き
応援して下さいますようお願い申します
by skyalley | 2011-04-18 18:28 | こころへ教室日記
「怖れるべきは」


友人が19日の毎日新聞記事を紹介するメールを送って下さった
筆者は同志社大学大学院 浜 矩子教授

長文であるが 以下新聞から



緊迫した時間が過ぎて行く中、しばし気分転換の読書にひたっていたら、
次の言葉に出会った。
「人生において恐怖すべきことは何もない。あるのは理解すべきことのみである」。
くしくも、これはかのマリー・キュリーの言葉である。
キュリー夫人の物語はご存知の通りだ。
放射能研究で1903年にノーベル物理学賞、
1911年にはノーベル化学賞を受賞した。
放射能という言葉そのものが、彼女の考案によるという。


彼女のいう通りだ。知らないことは怖いことだ。
人間は、自分にとって分からないものを怖がる。
得体が知れないから怖い。
それが何物であるのかが分かれば、怖がる必要はなくなる。
幽霊の正体見たり枯れ尾花だ。


逆にいえば、知らないこと、よく分からないことは恐れて然(しか)るべきことだ。
きちんと理解出来ていない事象を、あなどってはいけない。
しっかり敬意を払って恐る恐る扱うべきだ。
そういうことでもあると思う。
準備不足の空元気は、とんでもない事態を引き起こすことになりかねない。


今、我々の目の当たりで起こっている大異変が、
「徹底理解」ということがいかに大切かを物語っている。
キュリー夫人の言葉に出会ってそう思う。
地震研究の歴史は長い。
理解は相当程度に深まって来ているはずだ。
だが、それでもなお、この恐ろしい事態が起こった。
恐れる必要がなくなる段階に、なおも、我々はいかにはるか遠いことか。


キュリー夫人が研究対象とした放射能に関わる分野を巡っては、なおのこと然りだ。
専門家たちの理解が不十分だなどと、そんなことを言いたいわけではない。
驚くべき蓄積が形成されて、今日に至っていると思う。
だが、福島第1原子力発電所で次々と発生する問題また問題をみれば、
恐れ無用のところまで、理解が進んで来ていないことは明らかだ。


地震と原子力。思えば実に恐ろしい組み合わせだ。
この組み合わせを、恐怖しないで済む日は来るのか。
その日はまだ遠いのに、この組み合わせの中で人々は暮らして来た。
これからも、暮らしていかなければならない。
このことを、我々はどう受け止めたらいいのか。


とてつもなく高い代償を払いつつ、
今、我々は知らないことの恐ろしさを思い知らされている。
断じて、のど元過ぎれば熱さを忘れるでは済まされない。
怖さが完全に払拭(ふっしょく)されるまで、理解を深める。
当面の難局を乗り切った後の原子力政策に、この課題がつきつけられる。


当面の状況を克服していくに当たっても、キュリー夫人の言葉は示唆に富んでいると思う。
福島第1原発付近では、放射能を恐れての救援物資の輸送拒否問題も出ているのだという。
運び手の恐怖は重々分かる。だが、何たることかとも思う。
これも、状況がよく分かっていないがゆえの恐怖だ。きちんと知らされていない。
そのことに伴う疑心暗鬼だ。
まさに正体がみえないから、発生する怯(おび)えだ。
この種の怯えを払拭することは、間違いなく政治と政策と行政の責務だ。
 

今の事態の中には、確かに怖いことが一杯だ。
恐れるべきこと、注意を要することが山ほどある。
だからこそ、理解不足に伴う余計な恐怖は、徹底排除しなければならない。
何が何だか分からない中では、恐怖がつのるばかりだ。
こんなことは言うまでもない。言うまでもないことを、言わせないで欲しい。


政府も電力会社も大変なことは、それこそ、よく分かる。
皆で同じ理解を共有しよう。
それが恐怖の克服への近道だ。

   以上新聞記事より転載





教授に倣ったわけではないが つれづれに読んでいた本で
次の言葉に出会った。



  わたしたちとして怖れるべきは、
  ただわたしたち自身だけだ。
  神々も運命も、
  わたしたちの感じやすい心の琴線の裏切りによるのでなければ、
  わたしたちに何の働きかけもできない。
  わたしたちの一段と低い魂に対して、神々と運命は卑劣な支配をする。 




原子力発電所から出る放射能廃棄物の処理に対して 
世界は確固たる解決法を見出していない
原発が「トイレのないマンション」と言われる所以だ
放射能を出す とわかっていながら 
処理場が無いために ある意味で垂れ流しにしながら稼働させている


ネイティヴ・アメリカンは
七世代先までを考慮に入れて決めごとをすると聞いた
怖れるべきは 知るべきは
原発の原理や 放射能の数値や 野菜の製造元や 水の出所などではなく
原発を許してきてしまった私自身だ
数え切れないほど先の先の世代にまで
負の遺産を残しつつある生活を甘受してきた私自身だと そう思う


これからの生き方をどうするか 日々そこが問われている


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by skyalley | 2011-03-28 16:00 | こころへ教室日記
志ん生の時間

先週の残暑が嘘のように 急に肌寒くなった日の朝
大学生の淳君と 介護士の妙子さんが書の稽古に来られた


どちらかというと聞き上手の淳君に
運筆の練習をしながら
私たち二人の女性を愉しませる話をしてくださいな と
お願いすると
彼は 「母は昨日落語を聞きに言っていましたけどね・・・」
と困り顔
誰の何の噺を聴きに言ったか まったくご存じない とのこと


因みに 私は古今亭志ん生が大好きです
と言ってみたが お二人ともきょとんとしておられる
落語を聴いたことがない と仰るので
「聴いてみますか 志ん生?」 と誘ったら
意外な熱心さで 「はい!」 と来た
私の喜んだこと 喜んだこと
こんなに清々しい初秋の朝に 志ん生!


とはいえ 書の稽古に 志ん生師の落語・・・
日本語の勉強としては 
ある意味では申し分のない教材ではある
志ん生の言葉遣いの的確さ そして会話の間合い
私は『五代目 古今亭志ん生全集』
(川戸貞吉・桃原弘編 弘文出版 1978年)を書棚から取ってきて
「お直し」のページを開いた


   これは、ェェ文部大臣賞を 受賞(うけ)たんですがねェ
   これァ不思議なことがあるもんでね・・・・
   女郎(じょうろ)買いの噺に、大臣賞てえのァ変だけど・・・
   それがどういうもんですかなァ、ええ
   粋ですねェ 大臣さんも・・・


ってなふうに この本は
志ん生が話したとおりの言葉を
逐一逐語書き取ったという労作だ
これをお二人に紹介しながら 聴いて頂いた
もう一冊
「お直し」の主人公は太夫なので
『江戸吉原図聚』(三谷一馬著 立風書房 1977年)の
口絵にある太夫の絵もついでに開いた


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高校生の時の知り合いの方が
青山高校時代に小三治さんと同級生で
すでに落語研究会の一員であった小三治さんに
「落語は志ん生よ」 という一言に感化され
私にも勧めてくれて以来
折々志ん生を聴いてきた
落語を ではなく 志ん生を聴いてきた


「オアシを貰おうと思ったり
人よりエラクなろうてんで落語をやってんじゃねぇ
好きで好きでならねぇからやってきた道」
まさに「道楽」
私はそこを信用する


私はお若いお二人が
初めて落語を それも私が志ん生師の
それも廓ばなしを愉しんで聴いて下さることが嬉しくて
お茶まで淹れて差し上げた


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ぐい呑み片手にしみじみ噺を聴く季がやってきた
by skyalley | 2010-09-27 22:40 | こころへ教室日記
ただする ・ ひたすらする

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紀野一義 『ある前者の夜話 _ 正法眼蔵随聞記』
   (1983 筑摩書房)より



 「只」ということを、道元禅師は非常に重んじた。

「只」というのは、「もうそれしかない」ということである。

道元禅師は、坐禅するときに「只管打坐」といわれた。
「只管」これを、「ひたすら」と読む人がある。
しかし「ひたすら」と読んではいけないと私は思う。
「ひたすら」というと、それは一生懸命ということになる。
無理をしてでも一生懸命にやる。
それが「ひたすら」である。
「ひたすら勉強する」といえば、あまり勉強したくないけれども、
しかたがないとにかく一生懸命やらなくては、
という気持ちが入っている。
そこには一点、濁りがある。

 それと、「ただ坐る」というのはちがうわけである。
ただ勉強する、ただ何々する、
その「ただ」というのが大切なのである。

だからこの「只管打坐」は、ひたすら坐禅をする、
ということではないのである。
ひたすら坐禅をするのは、ほんとうの坐禅ではない。
ひたすらとか、ひたむきにというから、
坐ったらどうなるかなどということを考えるようになる。
それではならぬのである。

親切にするということを考えてみよう。
ひたすら親切にするというのと、
ただ親切にするというのとは違うであろう。
ひたすらと言う方は、
これはやっぱり親切にしてあげなくてはいけないな、
と考えながら親切にしている。

ただ親切にしているというのは、そういうひっかかりがまるっきりない。
引っかかりがあると、親切が親切にならぬのである。
ただ愛するというのもその中に入る。
私が好きな人だから、誰それを愛する、
これはひたすらの方に入る。
これは、いつ憎しみに転換するか分からない愛し方である。
そうでなくて、ただ愛するのである。
何か大きな力にうながされて、ただ愛するのである。(p。30)

ふつうは、ただやるというと、
そんな後先の考えもないようなのは駄目だという。
その辺りが仏法と世法のちがうところで、
世法からいえば、一生懸命、ひたすらというのがいいのである。
しかし仏法では、ただやるのがいい。
どちらがありがたいかは、やられる身になってみればすぐわかる。
一生懸命自分を叱咤激励して大事にされたのでは
やりきれないのである( p・32) 
by skyalley | 2010-09-24 20:16 | こころへ教室日記
こころへの三重丸

中学生になった海人君は
まずは173㎝という身長を見込まれ
4月からバスケットクラブ員として日々練習に励んでいる
この夏の酷暑の中 冷房の無い体育館で
他の部員と共にどれほどの汗を流したことだろう
外気の方がよほど涼しいと感じたそうだ


ようやく半年が経って 学校生活にも慣れたところで
部活と勉強の両立というお決まりの
しかし本人にとっては大問題に直面している
夕食を終えてから勉強に来ても
とにかく 眠い
何としても 眠い


座ってノートを広げ 鉛筆を持つと まず大欠伸が出る
それが勉強を始めるいつもの合図のようなものだ
ところが数分も経たぬうちに
ノートの上には無意識が書かせたミミズがのたくり出す
「おいおい 海人や」
「ふぁ〜 ・・・」 寝言のような返事
そしてまたすぐに居眠り


気の毒な海人
昨日の英語の書き取りの時もそれを繰り返していた
何か工夫をしなければ・・・
彼にもそう促したが 声を出せば声が子守歌になるし
字を大きく書けば 長い直線を書く間に眠くなるし
はてさて どうしたものか


私は海人に
ホワイトボードに立って書いてみたらどうか と提案してみた
最初は「ええ〜〜っ 今日はもういいってことじゃないのぉ」
というような顔つきをしていたが
自分でここまでは書けるようにする と決めて
そのことだけは仕上げていくというのは どうかな
と言い添えると 「じゃ このページは全部書けるようにする」


すでに書道とフランス語の勉強を終えられた絵美さんが
帰り支度を始めたら 海人が「ええっ また僕ひとり残されるぅ」
絵美さんは
「じゃ 海人君ができるまで 待ってて上げるよ」
返ってプレッシャーをかけられた形になったが
いざ大きなホワイトボードに向かって書き始めたら
ん! いける!! と思ったらしく ペンがすらすらと動いた


さきほどまでの死ぬほどの眠気はどこへやら
7つの英文に挑戦し始めた
疑問符を忘れたり tooの前の句点を忘れたり
文章の初めが大文字になっていなかったり
主語が三人称単数の文章の動詞にsが付いていなかったり
はたまた名詞が複数になっていなかったり
と数々の不注意によるまちがいを繰り返した
間違いを指摘されるたびに
「ん〜〜 もう一回やる!」と食らい付く海人に
絵美さんも私も声援を惜しまなかった


間違いが一つもなくなるまで
海人は全文を全部で4回書き直した
恐る恐る「うん いいよ 見直ししたよ」と言う海人を前に
ゆっくりと大きな三重丸を書き PERFECT! と添えた
や〜〜〜〜ったぁ や〜〜〜〜ったぁ!!
私を優に見下ろすほど生長した海人が
無心に喜ぶ姿がとても可愛かった


結局 絵美さんは明日の仕事を控えているのに
夜11時までお付き合い下さった
「ね ね 写真撮ろうよ こんだけ頑張ったんだから
 記念に撮っておきたいよ」というご所望に応えて
蛍光灯の反射を避けて斜めからシャッターを切ったら
どうも私の構図が気に入らなかったらしく
自分でもう一枚 正面から撮り直していた


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翌日の絵美さんからのメールは
「私も達成感を味わいました」という件名で
「昨晩の海人君はとてもかっこよかったですね
睡魔と闘いながらも 
決めた目標をやり遂げるまで頑張る姿勢
私も海人君の笑顔を力に
 「只」やること を続けていきます」と記されていた
by skyalley | 2010-09-17 20:24 | こころへ教室日記
「七人のgooglers」 アメリカから来室




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昨年アメリカのGoogle社に入社したばかりの20代 男女7名が
「こころへ教室」へワークショップを受けにやってこられる
という珍事が 20日の日曜日にあった


Googleで検索して得られるような情報ではお気の毒だ
この小さな教室にご縁があったことを喜んで下さるように
書を通して 日本文化の一端を話したいと思っていたが
秀才揃いの若者達に対して 私の英語力で賄えるかどうか
情熱だけたっぷりあってもねぇ と案じていたら
強力な助っ人として
司会をお引き受け下さった翻訳家で日本通のAdamさんが
「大丈夫 彼らが本当に賢いなら
 あなたの状況を察して 手助けしてくれるから」と言って下さった


そうか 彼らは私が迎え撃つ相手ではなくて
私のワークショップを助けに来て下さる方達なのだな
Adamさんのお蔭で見方を逆転したら その日がずっと楽しみになった
アメリカからの「七人の侍」は前日の夕方来日 
ワークショップ日の午前中は自由行動
それから温泉班と書道班に分かれての日本研修
20代のGooglersは 朝飯前に浅草や銀座まで行ったそうだが
まとめ役のBradさんは やっとの思いで皆を集め 
一時間遅れで ようやく一同集合となった


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まずは
Googlersのやってきたこの時季「梅雨」について話すべく
前夜揮毫しておいた俳句を見て頂いた


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futokoro ni chibusa aru usa tsuyu nagaki    Nobuko


男性の性愛の対象である乳房は
女性自身にとっては自愛の対象でもありえようが
時として鬱陶しいもの
その思いを梅雨の鬱陶しさと重ねた句だ
直接に梅雨の時季の鬱陶しさを言わず
「乳房」と「雨」
 一見関わりがなさそうな言葉の組合せを活かす表現


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移動の多い彼らには好都合に 当日は終日曇天だったが
この陰々滅々とさせがちな雨が
実は米作りにとっては慈雨であることを話した
すると司会者のAdamさんが 
酒・味噌・醤油にとって欠かせない麹菌についても言及して下さった
 (ソンナコト カンガエタコトモナカッタ) 驚いている私
教室の隅で待機していた友人の千秋さんからも
ヤヤヤ マスマスオモシロクナッテキタゾ! という気配が届く


俳句に見られる滑稽・挨拶・即興
また黒澤明や宮崎駿の作品に貫かれる
見えぬ部分に目を凝らす姿勢
最初から左右対称で設計される西欧の教会建築とはちがって
設計図無しで建て増しされていった法隆寺や「ハウルの動く城」
加藤周一が日本文化の特長の一つとして提示した「いま・ここ」
これらは日本文化の美学に通底する特徴
そんなことを駆け足で
写真や書の作品を見て頂きながら 説明を試みた


いよいよ筆を執って
彼ら自身に書を体験してもらう時間とした
私の話の間にみんなに墨を摺ってもらっていた
教室への道中 好きな言葉や座右の銘などを
考えてもらうようにも頼んでおいたが
最初は各自の名前をカタカナで
それから一人一語を揮毫


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 「一期一会」
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 「今此処」
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 インド出身の男性はその姓の意味する「月を制する者」 


新しい過ちはよいが 同じ過ちをするな という言葉を
という戒めの書をご希望の方には
「同じ石に二度転びは 首を折るのも同じこと」という言葉を
英日諺(ことわざ)辞典で提示すると大笑いして 「こりゃ いい!」
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別の男性は 自分で見つけた漢字を書きたい と仰るので
英語・漢字辞典を手渡したら その中から一字を見つけてきた

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「糖」
「なぜ 糖?」
「ケーキとか 甘いものが大好きだから」
揮毫する字はそれなりの風格と内容をと思っていた私を愉しませて下さった


カタカナで表された自分の名前だけを
何度も何度も練習している女性もおられた
25℃に設定しておいた部屋の温度は
彼らの熱気ですぐに上昇 冷房を23℃に下げて「強風」設定
予定の2時間を過ぎ お開きとなった


この話を頂いたのは4日前だった
教室で書を共に学んでおられる南方綾子さんからのご紹介だった
彼女の娘婿さん BradさんはGoogle日本支社にお勤めとのこと 
以前 彼の妹さん また追って弟さんご夫妻が来日した折に
綾子さんと一緒に教室に見え 書の触りを愉しんで頂いたことがあった
そのことが兄のBradさんに伝わり 
今回の新入社員アジア研修の一部として
私の教室でのワークショップを思いついて下さったのだ


来る者拒まず を旨としているが
大掃除から花を活けたり 
何よりワークショップのための英文資料を作ったり
書の作品を書いたり 7人分の道具を揃えたり と
楽しみを自家培養しつつ
結局当日の朝3時まで掛かって準備をした
が 例によって提供させて頂いた以上のことを頂いた


ワークショップに際し 細々ご心配下さった南方綾子さんに
小さな教室を信じて若者を寄越して下さったBradさんに
彼に
重量たっぷりの美味しいスコーンを焼いて持たせて下さった
妻でクラリネット奏者の華子さんに
常に当意即妙の補足を加えて 
ワークショップに厚みを付けて下さった司会者のAdamさんに
お話を頂いたとき すぐに当日の手伝いをお願いすると
なになになに?! と 仕事帰りに早速私を訪ねて下さり
共に成り行きを愉しみ Googlersの手助けをして下さった千秋さんに
よい文房を提供して下さった骨董店「独楽」の寺嶋さんに
そして
仕事が休みの日であったにも拘わらず
掃除・洗濯を朝から精力的に済ませてくれた娘に
また ビデオ編集の仕事がありながら
早朝まで資料を印刷してくれた我がオットに


そして この繋がりを実現させて下さった
見えないモノ・コト・ヒトに


感謝 !


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by skyalley | 2010-06-24 18:03 | こころへ教室日記
お国柄

留学生会館で 
セネガル人の女性との日本語の受業を終えて 帰り支度をしていると
「ほぉ〜〜〜!」 とさも感服したような声が聞こえた


後ろの席では中国人女性が日本語を学んでおられる
日本人の先生が話されるには
「いやね 中国ではね お葬式の後にお香典を持っていくと
 すでに故人の儀式は済んでいるわけだから
 遺族に これから死ぬようなことがおきるから準備しておけ 
 というような意味に取られる
 葬式までは それにかかる費用や何かが生じるわけだから
 香典は受け付けるけれど
 香典はあくまで故人のために使われるものだから
 葬式までに持っていく って決まっているんだって
 そう仰るんだ
 習慣の違いはおもしろいもんだなぁ と思ってね」

「それからですね」 と 中国の女性が付け足した
「日本人は 何か頂き物をすると
 どちらかというと すぐにお返しを と思います
 それ 中国ではとてもいやです
 お返しを と思っても すぐにではなくて
 たとえば大分経ってからでも
 あぁ 先生はこれがお好きだったな これ買って帰りましょう と
 それが3年後であっても
 その間 ずっと先生のことを思っていました という証拠になるから
 ずっと いいことです」


じゃ もし私が頂き物をして すぐにお返しをしたら
あなたはどう感じられますか と尋ねたら


「ん〜 あげました すぐ お返しが来ました は
 私との関係は 長いものにしたくないですね
 そう思います
 できるだけ距離をおきたいこと
 そう思います
 
 日本人 せっかちねぇ でも もう慣れたよ」


中国人の生徒さんは 笑い飛ばしたが
彼女に教えておられた日本人の先生も私も
    「へぇ・・・ やはり悠久のお国柄なんだねぇ」
と感慨深かった


私の知り合いに 90歳と92歳で海軍出身がおられるが
  船が港に着いた 郵便屋から日本からの手紙を受け取る
  その日のうちに返事を書いて 郵便屋に託し 出航する
という習慣を
お二人とも戦争が終わってからもずっと続けてこられた


それが
 「この頃 なかなかそれができなくて」 という忸怩たる思いを
前後して お二人から耳にした
70年の間 
頂いた便りにはその日のうちに返事をなさってきたことになる


そんなことも思いながら
梅雨前の東京にしては 乾いた空気の中 帰途に着いた



   
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by skyalley | 2010-06-01 17:57 | こころへ教室日記
MS. MITO ITO



すでに教室で英語を学んでいた友人に連れられて
初めて美都(みと)さんが 教室に来られたのは 
私の長女と同じ学校の 同じ高校二年の時
授業中に 一緒に学んでいた娘が私に質問をした
「ね ね かあさん ここね・・・」


それを小耳に挟んだ美都さん
隣に座っていた友人に囁いた
「(この教室では) 先生のことを かあさん て呼ぶの?」
美都さんは 質問をした人が私の娘と知らなかったのだ
先生を「かあさん」と呼ぶような教室に連れてこられてしまった・・・
固まりかけている美都さんも みんなと笑ったものだった


大学生の時 留学するために乗った飛行機の中で
外国人にひらがなを教えてほしい と言われた美都さん
帰国してから 真っ先にこう仰った
「先生 お習字も勉強します
 ひらがなの形とか書き順とか 本当に自信がなかった
 まちがったこと 教えちゃったんじゃないかな 心配・・・」


初めまして を交わしてから14年が経った
その美都さんが 先週のある日
いつものように英語と書の勉強を終え 来週の稽古日を予約する時
 「先生 実は来週入籍することになりました
  そんなこんなでちょっとばたばたしてしまうので
  次回は少し先になりますが ●日でお願いします」


宗重美都さんから 伊藤美都さんになられるという
「いとう みと ・・・
 なんだか音が近くて・・・ はい・・・」
「来週は早速新しい苗字を練習しなくちゃね」
「はい そうします でも難しそうだな 藤って言う字」
何を聞かれても 何を言われても 平気というお顔


先夜 私が中学生の海人の試験勉強を見ている間に
書の稽古を始めた美都さん
ペンと筆の運筆練習を終えたと思ったら
いつのまにか 伊藤 伊藤 と書き連ねていた
そうだった そうだった 今日から伊藤美都さんだ


ノートの上に神経を集中し
ふ とあげた美都さんの顔がとてもきれいだった
向かいに座っている絵美さんに
「伊藤の訳」を話すように と促した
長年のおつきあいの絵美さんも心からの祝福


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恋人と暮らすようになっても 実家の猫たちの面倒をみ
友人の結婚式 友人の出産 友人の子供の誕生日を祝い
妹の結婚 妹の出産 妹の子供の看病をし・・・
常に他の人のことを一所懸命に務めてきた美都さん
彼女を知る誰もが 祝っておられることだろう
ご婚約 おめでとう おめでとう 美都さん


どうぞ末永く むつまじく 


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by skyalley | 2010-05-22 10:33 | こころへ教室日記