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作家の井上ひさしさんは昭和24年に山形から一家で引っ越して
岩手県一関市の中学生として約150日間を過ごしたそうです 土地の人々に温かく迎えていただいたお陰で 一家が路頭に迷わず何とか生きつづけることができたことに報いようとある講座を開きました 井上さんはその行為を「恩返し」ではなく 江戸時代に遣われた「恩送り」という言葉で表しています 「恩送り」とは誰かから受けた恩を、直接その人に返すのではなく、別の人に送る。 ことだそうです その「恩送り」の具体的な形として 一関市民の有志が作った文学関連のさまざまな催事を展開している「文学の蔵」の集まりに 井上さんは平成2年から4回に亘って日本語と文章に関わる講座を無償で開きました そしてそのうちの1996年11月の3日間 「文学の蔵」への141人の参加者を対象とした作文教室の模様が 『井上ひさしの作文教室』(新潮文庫 2004)としてまとめられています 例によってこの本も古書店で最近見つけたので すでにお読みになっていらっしゃる方もおられると思いますが 私にとって大変役に立つ内容がちりばめられている貴重な一冊でした 私の教室では英語あるいはフランス語を学ぶ人は 誰でも一週間の間にあった話題を持ってくることになっています 大きな出来事でなくても構いません ようやく芽を出した苗木のことでもいいし 友人にかけてもらったうれしい言葉 とても不思議に思っていることなどどんなことでもいいのですが それを人に話ができるように まず「いつ・どこ・だれ・なに」の情報を簡潔で明瞭な日本語の文に作ります それからそのことについての思いを書き添えます ところがこれが誰にとってもなかなか難しいのです 先月から 学生生活を離れて20年以上を経ているCさんが英語を新たに学び始めました 前回は同僚とその息子さんのことが話題です 彼女が準備してきた日本語の文章はこんなふうでした 私の同僚の○○さんの息子さんは10歳ですが、この間夕飯の後にお母さんの手伝いをしました。 ノート上の記述はそこで終わっていました 訳を訊くと「そこから先をどう続けて書いていったらいいかわからなかった」という返事でした 机の上に猫のスズキクンが目をつぶりながらCさんの勉強ぶりを片耳で聴いていました 私はCさんに「スズキクンに話すようにしてみてはどう?」と促しました たとえば最初の 私の同僚の○○さんの息子さんは10歳ですが、この間夕飯の後にお母さんの手伝いをしました。 の文章は スズキクン、私には一人の同僚がいるの こんなふうに分けて分けて分けて単純にした文をいくつも積み重ねて それからできれば そして けれど その時 それから というのは などの接続詞で文を繋げていく それが話を語るときの基本的な作業だと思うのです 「単純なものを積み重ねていく」ことの大切さは 井上さんの『作文教室』にもこんなふうに書かれていました 一生懸命、書こうとなさって、ひとつの文章にやたら盛り込んで、なんだか訳わかんなくなってしまうことがよくありますから、もう単純に単純に書く。 そして漱石の『草枕』の有名な書き出しを例に出しています 山路を登りながら、かう考へた 智に働けば角が立つ。 情に棹させば流される。 意地を通せば窮屈だ。 兎角に人の世は住みにくい。 Cさんに限らず まず母国語で自分の考えを聞き手にわかりやすく伝えるられるように工夫することは 実は難しいことなのです それを外国語で まして語順の極端にちがう外国語で表そうとしたら 自分で長くした一文に表れたたくさんの言葉が頭の中で我先に犇めいてしまい 文章の最初に何をもってきたらいいのやら混乱してしまうのは必至です まずは起こった事実を要約して的確に聞き手に伝わるように表すこと それから先にその出来事に対してどう感じたか どう考えたか というような会話へ発展していくのですが 会話の愉しみにいきつく前に 「単純なものを積み重ねていく」考え方・話し方を身につける練習の大切さを 教室ではもっと強調し励行していこうと『井上ひさしの作文教室』を読み 再確認をしました 『作文教室』で教えて頂いたことはもっともっとあって 本を読まれていない方にもご紹介したいのですが それはまた別の回にでも書かせて頂きます
by skyalley
| 2006-05-07 23:46
| こころへ教室日記
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