触ることからはじめよう
by skyalley
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いたわる 訓練する


・・・自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。

このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。

助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。

他人の痛みを感じることと言ってもいい。

やさしさと言いかえてもいい。

「いたわり」

「他人の痛みを感じること」

「やさしさ」

みな似たような言葉である。

この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。

根といっても、本能ではない。
だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。


その訓練とは、簡単なことである。
例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、
そのつど自分の中でつくりあげていきさえすればよい。


この根っこの感情が、自分の中でしっかり根づいていけば、
他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。


君たちさえ、そういう自己をつくっていけば、
二十一世紀は人類が仲よしで暮らせる時代になるにちがいない・・・



亡くなる年の1996年
司馬遼太郎が初めて子供に 
特に小学生を意識して書いた『21世紀を生きる君たちへ』
自分が生きて21世紀を迎えられないことを予期し
それを前提に
21世紀を担っていくであろう子供たちに対する
羨望や願いを込めて書かれた作品です



「いたわる」とは 本能ではない
日常生活の中で折々訓練しなくては育まれない気持ちなのだ
という文章から


・・・まだ八つか九つの頃 友だち数人と路上でメンコをして遊んでいた時
友だちの一人がメンコを取ろうとして荷馬車に人差指を轢き切られたのを、
小さい賢治は「痛かべ、痛かべ」といいながら、思わずその傷ついた指を
自分の口の中に入れてやった・・・
(『雨ニモマケズ』谷川徹三 講談社学芸文庫)
という宮澤賢治を思い出し
彼はその歳で こんなふうに衝動的な行動に出るくらい
いたわる人だったのだと
あらためて感心したものです


何の職業に就くにしても
何の役職に就くにしても
「いたわり」をもっているひとがいいな
つくづく思うこの頃です
by skyalley | 2011-08-19 16:22 | 一枚の葉を森へ(no nukes)
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