触ることからはじめよう
by skyalley
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「どきどきがいいんだよ 颯太」

日曜日 急に時間ができたので多摩川へ行くことに決めた
2年前に品川から越してきた隣家の海人も誘った
海人が羽目を外すようなことがあったときのために
幼なじみで 老婆心たっぷりの留さんも誘った
12月にしては風のない穏やかな日
川岸も思いの外の暖かさ


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海人が急な土手を駆け下りて枯れ薄を取ってきてくれた
颯太はその薄を振り振り 愉しそうに草むらを行進する
釣り人やホームレスの小屋を過ぎて ようやく川岸に出る
出かける前に 海人はおもちゃ箱をひっくり返し
遊び道具をみつくろってきたのだそうだ
早速小さなモーター付の舟を取り出す
颯太は興味津々 海人の周りをうろうろしている


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海人はすぐに川に浮かべると舟を走らせ
長く付けられた凧糸の先を颯太に持たせてくれた
姉一人の海人は 弟が欲しかった と言って
いつも颯太を可愛がってくれる
舟の準備が出来て 「そうちゃん いいよ 紐持っていいよ」
と言われると 颯太は誇らし気にまじめに紐の端を持っている


しかし 凧糸の距離しか走らない舟に
冒険好きの海人は不満だ
糸を取って 尾翼の向きを変えることで
舟が岸に戻ってくるようにしようと考えた
果たして 川に浮かべられた舟は勢いよく走り出した


と同時に
颯太が舟に向かって走り出してしまった
紐が付いていない海人の舟が行ってしまう と思ったらしい
「かいとのおふねがぁ!」と叫んで大泣きしながら
海人に抱きかかえられて岸に戻ってきた
咄嗟に川に入ってしまい とても冷たかったことも加わり
颯太はパニックになりながら泣いた


颯太が少し触れたことで
尾翼の向きが変わってしまったらしく
舟は川の中程に向かって進み続け
やがて鉄橋の橋桁のはるか向こうを目指し始めた
颯太はますます声を上げて泣く


海人は颯太をなだめる
「そうちゃん 大丈夫だよ
  あの舟 ぼくんちにまだたくさんあるから
  パパがいっぱい買ってくれたの
  まだあるから大丈夫だよ」
そう声を掛けながら 目の端で舟の行方を追っている


こんなこともあろうかと予備の服を持ってきていたので
すぐに着替えをさせながら
颯太に詳しく説明をしてやった
「颯太 舟にしっぽがあったでしょ
 あのしっぽをこっちに向けると
 舟はこっちにぐるぅ〜〜って回って戻ってくるの
 反対にこっちに向けると
 こんどはこっちにぐるぅ〜〜っと戻るんだよ


 颯太が自転車に乗るときに
 ハンドルをこっちに向けると
 自転車はこっちにぐるって曲がるでしょ
 反対にこっちに向けると
 自転車はこっちにぐるぅ〜〜って曲がるでしょ
 お舟もおんなじなの
 自転車みたいにハンドルはないけど
 あの尻尾を曲げるとちゃんと颯太のところに戻ってくるんだよ」


そうしている間に
海人が 「あ 戻ってくるかも!」と言って
鉄橋の方に向かって川岸を走り出した
「わかった?」
颯太は私が話したことを理解した
しかしこう応えた
「わかったけど そうちゃん どきどきしちゃうから
  かいと もうおふね やんないで
  そうちゃん どきどきしちゃうから」


「あったよぉ〜〜〜!
  そうちゃ〜〜ん! 
  舟 戻ってきたよぉ〜〜!」
そう叫びながら 海人は舟を高く掲げて走って戻ってきた
「ほらね 戻ってきたでしょ」と私が言うと
颯太はもう一度
「もう しないでね おふね そうちゃん どきどきしちゃうから」


海人は颯太の傍に座り 颯太の手に舟を乗せて
「そうちゃ〜ん 遊ぶときはどきどきするから面白いんだよ」
「いや そうちゃん どきどきするの いや!」
「そうかぁ じゃ どうしようかな」
やっと面白くなってきた遊びを中断されて
海人は困っている


私は海人に少しずつ尾翼の向きを変えて
舟が必ず岸に戻ってくるというところを見せてやって と頼んだ
海人は了解して 「そうちゃん よ〜く見てて
舟がすぐそうちゃんのとこに戻ってくるからね」
そう言って 岸から舟を離して
まず3メートルくらいの所に戻ってくる
5メートルくらい 10メートルくらい とやってみせてくれた

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ところが手を離すときに
尾翼にちょっと手が触れてしまい
こちらへ戻ってくるはずの舟が
反対に走り出してしまった
颯太はまた泣きだした
「そうちゃん いや もうお舟 いや!」
海人の 「ほら そうちゃん 戻ってきたよ」の声に もう信用を置かない


海人は今度は落ちている物を拾って舟を作る と言い出した
「そうちゃん それなら心配しないでしょ」
「おちてるもの? おちてるものだから
  もどってこなくても だいじょうぶ?」
颯太は 二度と戻ってこない! というトラウマからまだ抜け出ていない
海人は「大丈夫だよ もともと捨ててあったんだから」


そう言って川岸を物色し始めた
そろそろ日も陰ってきて
留おじさんは 「さぶっ 冷えてきた 珈琲飲みたいな」
ベニヤの板きれを拾って戻ってきた海人
まだまだお楽しみはこれからじゃん という顔
私が持っていた携帯用の錐(きり)で穴を開け
留さんが食べたお寿司に付いていた箸を立てた


颯太は 「あれは いっちゃっても だいじょうぶなの?
すててあったから?」と念を押している
「行くよ〜そうちゃ〜ん〜〜」 と舟を押し出したものの
流れがあまりに穏やかで 無風なものだから
海人は 舟が川の中程に行くように
石を投げたり 波動を起こしたりしていた

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夜 教室に勉強に来た海人の颯太評
「そうちゃん 危ないね
  線路に人が落ちたときに 
  電車が来てるかどうか確かめないで
  飛び降りちゃいそう 助けなきゃ って」
お風呂上がりに「おやすみ」を言いに来た颯太と
あの舟 どこまでいったかねぇ と話していた


インターネットや携帯電話 DVD・・・
IT社会の真っ只中に生まれてきた颯太や海人
時間があるときにはできるだけ
デジタルでない
フィクションでない
出来合いでない自然をいっしょに体験したい


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舟も渡り鳥も どこまで行ったやら・・・
by skyalley | 2009-12-16 09:59 | 孫息子・颯太言葉ノォト
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